AQUARIUMと愛のうたをめぐる冒険

AQUARIUMと愛のうたをめぐる冒険

十六夜まよ(@daimarco16)がおんがくを考えるところです

ワクワクしたくてさせたくて:"楽しさ"に向かってNonstop!

デュィィイイイイン……

 

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドデーテデテデテテー♪

 

皆様、お久しぶりです。はじめましての方ははじめまして。十六夜まよです。

 

いよいよ今週末に迫った

ラブライブ!サンシャイン!!
Aqours 5th LoveLive! ~Next SPARKLING!!

楽しみですねえ。私はとても楽しみです。皆様も心待ちにしていることでしょう。

 

今回もイベントに向け、様々なブログ記事や取り組みがあって、色々な人が各自の立場から多種多様な心の動きを形にしていて、とても興味深いですよね。

 

Twitterのフォロワーであるぶろっくさん(@kitakaze34622)のハッシュタグ企画「#終わらない夢見よう」にも多くの記事が寄せられていて、ライブ前のお祭り感が高まってきていますね。

 

……ということで。前置きもそこそこに今回私も企画に乗っからせて頂く形で、前からやってみたかった内容で記事を書こうと思います。

 

題して、

振りコピ予習記事~これで「Hop?Stop?Nonstop!」はお手の物!ライブ当日は踊れば心が皆と繋がってく!!こんなステキなことやめられない!!!スペシャル~

 

はい。

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「Hop?Stop?Nonstop!」 Sounded by Aqours

の、ライブにおける振りコピ予習・読むだけで練習になるようなものをやってみようと思います。

かなり感覚的なことですし、動画で解説等をするのが本当は伝わると思うのですが……文字で身体の動きを伝えようとする時にどこまでそれが見えるか、という挑戦でもあるので、お付き合い頂ければと思います。

また、あくまでも「振りコピ」の紹介となるため、一部複雑な動きや難しい動作は簡略化したりしますので、ライブ中に楽しむことを前提とした、応援スタイルとしての動きの解説です。「ダンス解説」とは違うものになると思うのでご了承ください。

 

基本的にはこちらの動画を参考にしていますので、一緒に再生しながら読み進めるとなんとなく言いたいことが伝わりやすいかと思います。

www.youtube.com

 

※※※注※※※

当記事はライブ中の振りコピの楽しさを伝えるためのものであり、周囲を省みない迷惑な行動・視界を遮るような大きな動き等を推奨するものではありません。

ライブ当日は愛と思い遣りを持って、周りの人のことも考えつつ楽しみましょうね。

自分の楽しさのために他人の楽しさを奪ってしまうのはやはりマナーが良いとは言えないと思いますので、注意されたりしたときにはムキにならず、素直に自粛する等配慮ができると素敵だと思います。

 

なお、歌詞引用部分は斜体・下線にて強調します。

 

 

●イントロ~導入 クラップはどうしよう?

 

デュィィイイイイン……

 

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドンデンドンデン\パパンッ/

デンドンデンドデーテデテデテテー♪

 

このイントロのワクワク感、本当に好きなんですけど伝わりますか……。。

今回、振りコピの参考にということで公式から用意されている劇場版のライブシーン動画と同時に、スクフェスACにおける「Hop?Stop?Nonstop!」のライブ時の映像も何度か観ることで劇中に描写されていない振り付けを補完しているため、それらが本番のステージでAqoursが踊るダンスと違った場合、この記事は空振りです。そうならないことを祈っています。

さて、そんなわけで軽快なイントロです。上記で繰り返しているパパンッという音、これクラップする部分に聞こえるのですが、スクフェスACのライブでは入っていなかったりします。劇中でスペイン広場に集まっていくシーンよろしく、ステージ上で彼女たちがわちゃわちゃと動き回るのがきっと非常にかわいいと思うので、その動きに注視しつつ……。

本当に厳密にやるのなら3回目のリピート、4拍目の3年生が合流する部分は3人でのハイタッチがあるのでそこで「1回」スクフェスACではルビィ善子がパパンッに合わせて2回手を合わせるので、それに合わせて「2回」クラップをすると3年生及び黒澤と津島のオタクになれるかもしれません。

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判断が難しいところですが、ノリ的には全部やってしまって良いと思いますし、やれば楽しいのでやりましょう。本番は目の前に完璧なお手本が存在しますので、Aqoursちゃんの動きを観て判断するのも良いでしょう。

 

イントロの締め、デーテレテデテテーのところは

「両手をパーにして胸の前で内向きに2回転→グーにして外側から2回引き寄せる」動きがありますが、アニメーションにはない部分なので振りコピに真剣な人だけ覚えておきましょう。

 

いよいよ歌詞です。

Nonstop nonstop the music
Nonstop nonstop the hopping heart

基本は「両手を"L"の指にして、1回目の"Non"で上から"stop"で胸の前に下ろし、2回目の"nonstop"で前に突き出す→"the music"で反時計回りにぐるっと1回転」

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「リピートして同じ動きで、"hopping"で胸の前で♡をつくり、"heart"で一度それを"飛ばす"→"a~"で伸ばしている間にまた胸の前に♡を戻し、上に掲げる」

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という動きになります。

えっ、ここまでで2000文字超えてるんですけどまだ曲は序盤も序盤ですね……大丈夫かな。

 

●Aメロ① 1年生のかわいいアピール

振りコピにおける一番のネックは、自分の体は1つなのにAqoursちゃんは9人いるという部分で、明確にメンバー間で動きが違う時に「誰の振りをコピるか」というのは大変に悩ましいところです。推しをひたすら追うか、特徴的な部分を模倣していくか、そのシーンは敢えて振りコピせず、コールやジャンプに専念するなどの選択もあります。

ここからは正直に申し上げると全てを追うことは難しいので、「場面毎に特徴的な動きを追う」スタイルでまとめていきます。推しが一致したり、気になる動きがあればその動きをしてみたりと、ライブ中の参考にしてもらうことが一番の目的ですからね。

 

さて、Aメロは我らが降幡愛さんが迫真の演技で表現する黒澤ルビィのソロパートからスタートです。

※余談ですが、降幡愛さん、いつからからルビィのことを「黒澤ルビィ」と表現しますよね。彼女が役に入り込むにあたって、自己と別の存在として強く認識することでより投影した時の一体感を高めているような、祈りやプラシーボみたいな想いが汲み取れて、他人行儀なその表現が好きだったりするんですが、何なんでしょうね?(雑な問いかけ)

なんてなんて ちいさな僕らなんだ でもでも

「"なんてなんて"は右手で小さい敬礼を2回、"ちいさな"で両手のLの指をぐーっと胸に引き寄せ(少し背中を反らせるとかわいい)、"僕らなんだ"は人差し指を合わせるいじいじポーズ→"でもでも"で右手親指を頭にカモンする動きを2回」です。

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大変かわいいですね。大変にかわいい。えっ……本番で降幡さんこの動きするんですね。おおお……。

ちいさな僕ら で少しこぢんまりした振りをしつつ、でもでも の否定の言葉で自信たっぷりに自分をアピールする姿は、イタリアの旅を通してさらに大きくなった1年生、特にルビィの覚醒が感じられるものになっておりとても好きです。

きっと降幡さんもいじらしい表情を見せてくれることでしょう……楽しみですね。

 

なんかなんか いっぱい解ってきた もっともっと

かなまりの間から善子が器用に飛び出てソロパート。

「"なんかなんか"で手首をクロスさせ、手のひらを下に向けて蝶のようにひらひら→"いっぱい"で手のひらを上に向けて前へ広げ、"解ってきた"で両手親指を頭にカモン、"もっともっと"は手のひらを前に向け、胸の前で外回りに2回転(2回目はさらに大きく)」です。

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羽ばたく蝶のイメージはイタリアでの成長の、彼女なりの表現なのでしょうか。もっと→もっとで腕の振りが大きくなるのは歌詞の通りで直感的ですよね。

 

夢が見たいよ (YES!)

花丸パートは簡単です。「"夢が見たい"で両手を上に、"よ"でおはなまる。"YES!"のコーラスは右腕を突き上げ、左腕は胸に構える"青ジャンのFu-!!"のポーズ」です。

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高槻かなこさんがコーレスの際に"おはなまる"で見える景色そのものを「未来ずら~」と表現しますが、高く掲げて作られた円は未来や夢、目標なんかを見通す曇りなき眼なのかもしれませんね。

 

ちなみに、他の学年はバックでトントンとステップを踏んでいますので、他学年推しだったり、シンプルな動きが良い人はこのトントンに合わせてノるだけでも大変楽しいはずですよ!

 

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さらに余談ですが、多くの振り付けは「右からが基本」となっています(多分)。勿論例外はありますが、様々な動作の中で「これはどっちからだろう?」と思った時に、まずは右手から動き始めるとだいたい合いますし、逆にそうじゃない部分は印象に残るので意識しておくと振りコピする上で一つ動きに迷いがなくなるかと思います。

 

 

●Aメロ② 3年生ラップ

Aメロ後半は3年生パートです。色々と話題になったダイヤラップからのスタートですね。

できなかったことができたり

「"できなかった"で頭の上で"バツ印"→"ことが"で両手を握り合わせ、顔の右→"できたり"で左へ動かす」という動作。「"りー!"で首を傾ける」とかわいいポイントアップです。

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劇場版、イタリア編において3年生は導き手であり、他学年からの到達目標であり、また彼女たち自身も新たな可能性を提示する側の存在として描かれています。

ライブ後にダイヤルビィに語る、「ルビィはもう、なんでもできるのですわ!」という承認は、ある意味姉からの卒業を認める最後のトリガーとなっているでしょう。

それを仄めかす「できなかったことができる」という歌詞、バカにしている場合じゃないんですよね。ピザを配達している場合でもないんですよ本当に。

"できない"に対してバツ印、手を握り、手中に納めることで"できる"を表現する、シンプルながらに成長を表す動作はこの一瞬だけでダイヤの他学年に対する信頼を感じられる素晴らしいパートです。

同時に、これまでからは考えられなかったラップ調の歌唱表現で、ダイヤ本人もここにきてさらに新しい世界へと足を踏み入れています。

いや、マジでオタクの皆さん、デキアガッタピザヲデリバリーしてる暇ないですよ……。

本番の小宮さんの、この一瞬にかける想いを感じ取るため、瞬きもせずに見届けたいですよね。

 

ひとりじゃ無理だったけど

この振り付け、「ひとりじゃ無理」なんですよね。レベルの高い振りコピのオタクは隣のオタクと抱き合ってください。

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鞠莉の立場を考えて共に歩むことを選んだ3年生。勿論「親に歯向かう」なんて行動は高校生の彼女たちにとって非常に大きなことですし、プチ家出のような今回の騒動は、実のところあまり笑って済ませられることではないのかもしれません。

ですが、そうやって自身の考えをやっと前向きに母親に伝え、これから大人としての成長を迎える鞠莉が逃げるだけではなく、腹を割って話ができたこと。これはやはり進歩だと思いますし、「ひとりじゃ無理」だった「できなかったことができる」瞬間だったと思います。

 

いっしょなら弾けるパワー

「"いっしょなら"で両腕を上に向かって広げ、"弾ける"で肘を曲げて引き寄せる→"パワー"は左手で力こぶ」です。

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力こそパワー。シンプルですが、泳力と筋肉をアピールする彼女が弾けるパワーを口にするのは必然なのでしょうか。

これもダイヤ・鞠莉と同じく「3人だから・皆だからできる」という表現の現れで、果南だって1人の女の子。暗闇や怖いところが怖かったりもするんですけど、皆と一緒だったら力が湧いてくるものなんですよね。

ここで彼女は左腕で「パワー」を表現しますが、フォーメーション上彼女が左端にいるので見栄えを考慮してのことなのかなと思います。左利き設定はないですしね。

 

嬉しくなったね そう!

ここは3年生ユニゾンなので特筆すべきことはないのですが、「"そう!"で両腕を下から上に持ち上げるような動き」が加わるのは少し他と違って意味深です。

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1年生の「YES!」や、後述の「Fu-!」のような腕を突き上げる動作ではなく、持ち上げるような、鼓舞するような表現。

最高学年として皆を見守る3年生の、優しい応援が込められていたるするのでしょうか。

 

●Bメロ 力強く前に進む2年生

ミライはいまの先にある

ここの曜ちゃん、とても目の覚めるソロの歌い出しで、斉藤朱夏さんが本当に上手になったんだなあと感動を覚えるところです。

「"ミライは"で右手人差し指を空へ、"いまの"でこめかみを指差し、すかさず"先に"で左手人差し指をゆっくり空へ→"ある"でこめかみから外側へ飛ばす動き」となりますが、同時に桜内のオタクは背後の梨子の動き(曜以外の全員の動き)をコピるのも面白いと思います。

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「両手人差し指をこめかみに指し、1,2で右手を外に→3,4で戻す(4でぴょん)→次の1,2で左手を外に→3,4で戻す(4でぴょん)」という動きですが、これめちゃくちゃ印象に残るんですよね。見切れる桜内さんもキュート。

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しっかり自分でつかまなきゃ

そんな桜内さんのソロ、「"しっかり"で右手は空、左手は左側へ広げ、"じぶんで"で握りこぶし→"つかまなきゃ"で右→左の順に拳を胸に」という動き。

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いまの先にあるミライを見据え、確実に自分のものにしようという表現なのですが、そのミライの方向が同じ向きではないというあたりが人生やAqoursのこの先の難しさを物語っているように感じます。

そして直後にクラップ2回。ここはPVにも表現されているので、正確にキメていきたい部分ですね。

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それには自由なツバサで Fly away!!

千歌ソロからの2年生ユニゾン

「"それには自由"までで左腕を斜め上に掲げ、手首を翼のように3回パタパタ→"な"で手のひらを前に向け胸の前に引き寄せ、"ツバサで"で大きく外側に円を描き」ます。

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このツバサのパタパタ、裏拍の動きなのでちょっとテクニカルなのですが、前パートのクラップから動作を繋げると自然と裏に入れるのでクラップから余裕を持って左手をパタパタ、と覚えると意外とスムーズにできると思います。

そしてそのまま「"Fly a"までで右腕を外に→左腕を外に飛ばし、"way!!"で手のひらを上に向けたまま肩から前方へ両腕を投げる」動き。

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いつだって自由な発想で、めげることなく前へ進み続けた千歌。ソロパートを締めくくるのはリーダーの明るくて元気で、全てを牽引するミライ・前方へ向けた力強い羽ばたきです。その勢いを持って、サビへと参りましょう。

余談ですが、千歌が「羽根」を表現することは多くて、「MY舞☆TONIGHT」2番の「羽みたいに 手伸ばして」も彼女のソロからのサビ突入という流れでしたね。

 

 

●サビ① ワクワクしたくてさせたくて

ワクワクしたくて させたくて
踊れば ひとつになるよ世界中が
Come on! Come on! Come on!
熱くなあれ!!

サビはある程度共通の動きがあるので、まずそれを覚えましょう。

ぶっちゃけ、この曲は各種クラップのポイントとサビの「ワクワクしたくて させたくて」の動きだけ覚えていれば「それっぽく」「楽しい」振りコピが可能だと思いますので、全部覚えるのなんて無理だよ~という人はここだけ覚えて帰ってください。*1

きっとそれだけで5thは120%くらい楽しくなります。

動きは「両手握りこぶしを顔の横に持ってきて、右手を2回トントン→左手を2回トントン→右手人差し指を肩から前方に投げる→左手人差し指を肩から前方に投げる→両手を肩に戻して最後は両手で前に投げる」です。ブレードを持っている時はそのままやっちゃいましょう!

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キャプチャに適したカットがなくて、何してるかよくわからんですね。動画観てください。

ともあれ、これで「ワクワクしたくてさせたくて」の基本形はバッチリです。実質完了です。

ちなみに3年生の敬虔なオタクはこのとき待機で、「踊れば」で「させたくて」と同じ動作をすることになります。また、欲張りなオタクは「させたくて」からさらにもう一度同じ動作をすることで全学年の動きを網羅できますね。

ただ、個人的にはさせたく"て"で伸ばした腕をまっすぐに投げておく余韻が好きなので、無理はせずステージのAqours3年生と振り付けがクロスする楽しみを味わうのも良いかと思います。

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ここからちょっと複雑なので、振りコピの魅力に取り憑かれてしまった人向けの解説になっていくと思います。

「"ひと"で人差し指を口の前に持ってきて"しーっ"のポーズ→"つに"でその指を空へ。"なるよ"、で手のひらを胸で重ねそのまま胸の前で上向きに。"世界"で"おはなまる"→"中"がでその腕を左右に広げて下ろし」ます。

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ちなみにフォーメーションによって右手左手が対称になるので、困ったら右、拘るのなら推しと同じ腕でやると良いと思います。3年生はこのとき静止です。

 

Come on! Come on! Come on!は3年生推しの推しコピポイントなので、果南→ダイヤ→鞠莉の順で腕組み→左手を頭・右手を右側→両手を下から煽るの3連動作でシンクロしていきましょう。欲張りなオタクは全部やっても良いですが、かなり忙しいので素直にカモン!でブレード振るのが丸いかもしれませんね。

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熱くなあれ!!はフォーメーション変更や次の動作のための予備ステップ時間です。適度にブレードを振り上げたりしましょう。

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●サビ② こんなステキなことやめられない!

サビ繰り返しの2回目です。

ワクワクしたくて させちゃうよ
踊れば ココロ
つながってくみんなと
こんなステキなことやめられない そうだよ

 

前半は一緒なので割愛します。「これだけ覚えましょう」と言ったのは他の振り付けに比べて登場頻度が高いので、それだけ覚えれば多くの場面で活用できるからでもあります。3年生推しは「踊れば」まで「Come on!」のポーズのまま待機です。シュール。

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いやぁ、皆かわいいですね……(語彙)。


ココロ「右手から順に胸の前で握りこぶしを作る→左手を重ねる→右手を下からもう一度重ねて上へスイーッ」です。

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そのまま「"つながってく"で上げた右拳を人差し指を指す形に変えて前へ指す(左手は腰だとキレイ)→"みんなと"は両腕を前から横に広げてすしざんまい」です。それぞれつな"が"ってくみんな"と"の2点で腕を止めて「置く」ような形でトメの力点を決めるとステージのAqoursちゃんとのシンクロ率が増すと思います。

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「"こんなステキなこと"は頭の左右で手のひらを広げ、4回きらきら。"やめられない"は、"やめ"で顔の横で両手人差し指をバツ印で小さくぶっぶーを2回、"ら"でハート、"れ"で握り、"なーい"で水平に薙ぎ払います。そして"Fu-!!"で渾身の拳を振り上げ」ましょう!

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ここはこの曲のカタルシスが最も集まるポイントなので、余裕があればここ、さらに言えば"やめられない"からのFu-!!は覚えておくと2日間気持ち良くなれると思います。

 

そうだよでは3年生だけ動きがあり、「両手を上から振り下ろし、肘で内側から回転させてそのまま前へ」という、ゆっくりですが所謂「パンキング」というアクションを交えます。肘の回転を利用して腕をムチのように振る動作になるので、周囲に気をつけつつ、3年生のオタクは挑戦してみるのも良いかもしれませんね。

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●2番~Cメロ

資料が無いと振りコピ解説は無理です。現在存在する映像ではどう考えてもここは解説できない部分なので、各学年ごとの特色が出るのを楽しみにしつつ、可能そうであれば現地でリアルタイムにコピーしていきましょう。

内容によっては1番と同じ動作が適用できる場合もあるので、特にサビでは気を抜かずにいると幸せになれると思います。

 

●Cメロ みんながね ダイスキだ!

シンプルなCメロです。

みんながね ダイスキだ!
みんながね ダイスキだ!

それぞれ1年生、2年生の順番で入りますが、ここは推しと同じ動作でキメるか、もしくは「"みんながね"で両手手のひらを上に伸ばす→"ダイスキだ!"は胸の前で♡マーク」で統一しても簡単で良いと思います。

細かく分けるとルビィはうゆのポーズ(伝われ)、善子が顔の横で両手を握る、花丸が胸でハート。

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梨子は頭の上でハート、曜が胸の前でハート(表情がとても好き)、千歌は顔の左右で握りこぶし(小さいがんばルビィ)です。

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高度な技としては、鞠莉ママの振りコピで静かに微笑むだけ、というのもありますが高度すぎるのでオススメしません。高まり続ける本番の熱の中でそれができた猛者がいたら報告をお待ちしています。

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コトバを歌にのせたときに 伝わってくこの想い ずっと忘れない

ここは個人的には静かにバイオレットのブレードを振るところなので振りコピ解説は入れません。

鈴木愛奈さんのセンターCメロソロに聞き惚れて、ココロに西洋ツツジの風を吹かせましょう。

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黒澤姉妹の振りコピをするオタクは妹もしくはお姉ちゃんとハイタッチすると素晴らしいと思います。なんだそれ。

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●ラスサビ 楽しさに向かってNonstop!

サビはずっと同じですので、ここまで来たらこれまで覚えたことを総動員して、また現場の4分ほどで感じた全てを最後のサビにぶつける時です!

実際のステージでどのようなことが起きるかはわかりませんが、アニメーションとのシンクロを売りとするAqoursのライブパフォーマンス、きっとアニメと寸分違わない素敵なダンスで我々を魅了してくれるでしょう。

楽しさに身を任せ、自分もまた音楽の一部として、紛いなりにもそこへ混ざっていく振りコピの楽しさはやはりその場で曲を聴き、キャストの動きを観ている人間だからこそできる楽しみ方だと思います。存分に味わいましょう。

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アウトロは最後にもう一度、イントロと同じ

「Nonstop nonstop the music
Nonstop nonstop the hopping heart」が出てきます。

ここも動きは同じなので、キャストとのシンクロを高めつつ最後の最後まで楽しさを噛み締められると幸せですよね。

 

冒頭とラストで同じ動きをすることになるこの部分、やはりポイントは"Lの指"でしょうか。

「WONDERFUL STORIES」「WATER BLUE NEW WORLD」をはじめ、Aqoursのみならずμ'sの楽曲においても需要な役割をもつこの「L」という文字。

 

ダンスの動きの中で、視覚的には上や横などに腕・脚を広げる動きは外へ、自分の胸の前など内側へ抱き込むような動きは内への、それぞれ心や感情の向きを表すもののように私は解釈しています。

ラブライブ!のL。loveの、liveの、そんなLを、まずは空から→自分の胸へおろし→前方へ送り出す……という一連の動きは、そういったエネルギーを取り込んだ上で目の前(=観客の我々)へと受け渡すような、そんなニュアンスを感じます。

 

「愛」「楽しさ」というダイレクトでポジティブな感情を、人から人へと受け渡す。そんな架け橋のような暖かみを感じますよね。

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●輝くことは、楽しむこと

 

もともと、鞠莉ママ「スクールアイドルはくだらなくなんかない」ことを伝えるための勝負曲。

スクールアイドルは素晴らしくて、こんなにも楽しくて、私にとって欠けてはならない大切なものなんだよ、と語りかけるためのこの曲。

 

私はよく音楽は"音学"ではなく"音楽"なんだ、と言ってるのですが、エンターテイメントとしてはやはり「楽しむ」ことと音楽は切り離せないものだと考えています。

スクールアイドルが、もっと言えば音楽が、様々な芸術や娯楽が「人を楽しませる・笑顔にさせる」ためのものであるなら、サビの歌詞にある「ワクワクしたくて させたくて 踊れば一つになるよ 世界中が(Come on!)熱くなあれ!!」というフレーズはまさにそれを現しているものだと思います。

デンドンデンドン……というシンプルだけどココロが踊る、四つ打ちのベース進行に引っ張られる形で展開されるこの曲には本当に「ワクワク」が詰まっていて。その楽しさを伝えるために「まずは自分が楽しくなって、そして次は皆で踊ろう!歌おう!」そんな声が聞こえてくるようなメロディライン。

シリーズ作詞の畑亜貴さんの仕事は、曲先のものがほぼ全てらしいので、この素敵な詩はそんな曲のイメージを見事に抽出したものになっているように感じます。

曲が、詩が、音楽となりスペイン広場の言葉の通じない海外の人たちを、頑なだった鞠莉の母親を、そして現実世界では観客である我々を、一発で楽しい気分にさせる、楽しませてくれるポジティブ100%の楽曲……それがこの「Hop? Stop? Nonstop!」だと思います。

 

では週末、現地やLVでそれを受け取る我々は?

 

Aqoursに負けてはいられません。既にすっかりそのパフォーマンスに「ワクワクさせられて」しまっているんです。

だったらもう「世界中ひとつになって」「踊る」しかないんですよね。

 

だから、今回のライブでも私はAqoursと一緒に踊って、跳んで、全力で楽しみます。

感謝を伝え合ったり、感動を味わったり、それぞれの輝きを掴んだり、楽しみ方は人それぞれですが、少なくともこの曲では私は「ワクワクのままに楽しむ」ことに全力をかけようと思います。

 

そうすれば「ココロがみんなと繋がって」より楽しさを共有できることでしょう。

 

そんな楽しさを味わっちゃうと、やっぱり「こんなステキなことやめられない!」って思ってしまうんですよね。

 

今回のライブでも、楽しさに向かってNonstop。

 

自分の信じる"音楽"と、

"弾むココロ"と一緒に、

どこまでも、Nonstop!

 

 

いよいよ明日です。存分に、楽しみましょうね。

 

 

 

☆番外編

折角なので、他の劇場版挿入歌たちもピンポイントで「ここは振りコピしたら楽しそう!」というポイントをピックアップしようと思います。

勿論、既存曲や前売り券特典曲なんかも楽しそうな部分見つけたらガンガンやって楽しみましょうね。

 

●僕らの走ってきた道は…

そうです。やはり「L」ということで、サビの動きは外せないかなと思います。

僕ら 絶対あきらめない
だって 光が見えたよ
もっと 夢中になれたら
変わるってさ 信じてた

「"僕ら"でジャンプをキメたあとは"あきらめない"で右手を左から右、左手を右から左に振り、右手を下から持ち上げます。"光が見えたよ"でその右手を肩の後ろから前へ投げ、指は人差し指で前を指し、"もっと"の前に肩へ引き寄せ"L"にします。"もっと"で左手も同じように動かし、"夢中になれたら"で同じく肩の前へ。」これだけでかなり一体感が味わえると思います。

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あとは千歌ソロからのラスサビ、さらに\ッデーーーーン/走ろう\ッバーーーーン/のジャンプからの右腕振り下ろし。ここは前のオタクを殴り殺す勢いで全力でやりたいですね。*2

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終わらない夢見よう。

 

●逃走迷走メビウスループ

やはりサビがコピーしやすくて、また映像資料もあるので練習がしやすいですね。

だから追いかけられてる筈が
追いかけてるのかも本当は
くるくるっと くるくるっと

「"追いかけられてる"で顔の横から両手を振り下ろしますが、手のひらを上に向けた状態から最後は下に向けます。おばちゃんの"やーねぇ"の動きを両手で大きくやる感じです。"筈が"、で手のひらを前に向け、脇を締めてみぎひだりみぎ。リズミカルにやりましょう。"追いかけてるのかも本当は"も同じ動きで繰り返し、"くるくるっと"は1回目が右手を腰の横でくるくる。2回目は左でくるくる。手のひらを常に上に向けるのがポイント」です。

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この曲は全体的に回転のモチーフが多いので、そこに注目してそれに合わせてブレードを「円を描くように」回すのも楽しいかなと思います。

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ダイヤさん推しとしては

汗と焦りであー!もう暑いよ

の"あ"連打の部分、手のひらを顔にパタパタするお姉ちゃんが楽しみで仕方ありません。

 

●Believe again

この曲は……なんというか振りコピ無理な気がするので、感じるままに全てを抱きしめましょう。無理です。

強いて言えば、

迷いながら Ready? Go!

の後のバチクソ高まりスーパーイントロの拳を突き上げる部分、最初の8拍が片手、次の8拍が両手です。全力でぶち上がりましょう。

3, 2, 1, Go!

はブレードを握っていると難しいので、無刀流振付模倣真剣侍*3になることをオススメします。理性があれば。

 

●Brightest Melody

なんか、良い意味で本当に記憶が無いです。当日目に見えたものを脊髄反射でコピーしましょう。

最初の

Ah! どこへ行っても忘れないよ Brightest Melody

に合わせて、右手の小指を掲げるのが今思い付く精一杯でしょうか。なんかサビとかはもう色々無理になってると思います。ダメです。

 

●Next SPARKLING!!

Aqoursの振りコピではないですが、劇中で観客の一部が所謂"ワイパー"と呼ばれる腕の動きをしています。単純に右から左へ車のワイパーのようにゆったりと振る動きです。

これが曲とマッチするので、雰囲気によってはそんな動きをすることになるのではないでしょうか。サビの動きもそれに似ていた気がします。

ハイレベルな振りコピとしては、途中でそっと立ち去った3年生よろしく、「淋しげな表情を浮かべながら名残惜しそうにドームを去る」というものが存在します。存在しません。やんごとなき事情で、そのあたりのタイミングで帰らなければならないオタクは逆にチャンスかもしれませんね。

 

なんか最後の方はふざけてしまいましたが、このライブに参加する全ての人が、笑顔で2日間を終えられますように。

そう願って今回は締め括ろうと思います。

 

それではまた、ココロが躍ったその時に。

 

2019.6.7 十六夜まよ

 

 

 

*1:テストに出ます

*2:マナー違反です

*3:ブレードを持たない振りコピオタク

新たな約束。~何度だってその名前を~

皆様こんばんは、十六夜まよです。

 

11月17日と18日、東京ドームで行われたAqours 4th LoveLive! ~Sailing to the Sunshine~。

今更私が何かを言うまでもなく、多くの人に取っての素敵な物語が展開され、多くの人の人生が肯定された2日間だったのだろうと思います。

 

あの日の直前、私はとても自分勝手で我儘なお願いをAqoursに託し、そしてその気持ちを持って東京ドームに臨みました。

が、結論から言うと、その記事の中で語った私の願いや想い、それらはAqoursによって完全に忘れさせられ、その日私が考えていたのは100%Aqoursのことでした。

 

μ'sがファイナルライブを行ったその会場で、置き去りにされたはずの私の心は、1日目が終わる頃にはすっかり開放され、2日目には忘れ去られるくらいに落ち着いていたのです。

ある種の「呪縛」として存在し続けた東京ドームというステージのプレッシャーは、勝手にAqoursへの願いや一方的な約束として形を成そうとして……Aqoursにより、見事に打ち砕かれたのです。

 

ラブライブ!はいつも我々の想像の遥か上を行く世界を見せてくれて、絶対に期待を裏切らないのに、そこでもなお自分は想像の中でだけAqoursの展開するものに勝手に「ここまでしてくれれば最高だ」という期待の限界という蓋をして、檻に閉じ込めて。

 

全てを浴びたあとに「楽しい」という感情しかありませんでしたし、感動しか残らなかった2日間だったので、例えば事前にそんな態度でいてしまったことに対して「恥ずかしい」とか「Aqoursに申し訳ない」なんて思うことが一切なかったのはひとえにAqoursの力なのでしょう。

 

 

まあ、そんな勝手な約束だったんですが。

 

生まれてしまいましたね……新しい約束。

これまでの約束は、過去を追いかけ続ける真剣でありながらも悲しい呪縛でした。

しかし彼女たちはあの場所で、新たな約束をしてくれたのです。

「また、ここに戻ってくる。」

「10人目の皆と一緒にまたこのステージに立つ。」

未来を見据えた、彼女たちにしかできない、新たな約束。

 

勿論、μ'sの皆も大切ですし、彼女たちを追いかけた時間も私にとってかけがえのないものです。

だけれどいつかその真剣な気持ちは自分とAqoursを縛っていたのだと、恥ずかしながら4thのステージを終えてやっと気付けたんですよね。

あの日、私のこころはやっとサンシャイン!!1期12話でμ'sのポスターを剥がした千歌ちゃんのマインドに追いついたのだ、と少し経ってから実感しました。

 

自分だけの輝きを掴むための、新たな道、新たな約束。

 

 

あの日私が受け取った2つの感動とともに、年末が迫った今、来年への気持ちをここに綴って2018年のシメとしようかななんて思います。(現在23:20)

 

 

●やっと手にした……

 

Aqoursの楽曲、本当に多くのものが出てきていますが、世間一般で評価されているものに対して自分はそこまで乗り切れない……みたいなものは皆さんそれぞれあると思います。

私にとっては「MIRAI TICKET」がそれでした。

節目となるタイミングにかかる挿入歌ですが、私はどうにもこの曲の評価を「いい曲」以上にはできず、少しだけ燻っていたように思います。

 

ですが、あの日Aqoursが船に乗って登場したあのとき。

「船が征くよ 未来へ旅立とう」と、輝かしい未来への「船出」を歌う彼女たちの言葉は、本当に私にとっての「祝砲」であるように思えたのです。

 

私事ながら、この12月から私は故郷の北海道を飛び出し、関東で新たな生活を始めています。

夢にまで見た、都会での新生活。

その生活に関わる基礎の部分、新しい職への内定が、このライブの直前に決まっていたのはまさに運命であったように思えます。

 

そんな自分に、「MIRAI TICKET」がぶっ刺さったんですよね。

あの日、「やっと手にしたMIRAI TICKET」を翳し、船出の風を浴びていたのはAqours9人と、そして私でした。

 

あれ以来、この曲の持つ意味が冗談抜きで500倍くらいに響くようになって、掛け値なしに「好きな曲だ」と、そう言えるようになった気がします。

 

 

●Thank you,……

 

そして、11月18日。あの日の本当にラストの瞬間。

 

「アンコールは予定調和の世界で、ダブルアンコールなんてものは簡単には成立しない」

 

それが私の持論でした。

これも一緒ですね。どこかで演出やホールの限界を勝手に設定し、ラブライブ!の現場ではそういった衝動的な、本来の意味での「アンコール」は存在しないと、そう決めつけていました。

 

ですが、あのとき。

ふと、思ってしまったんですよね。

「いま、ここでずっと自分が声を出していれば、歌い続ければ、もしかしたら、もしかして……」

 

東京ドームの高い、高い天井に向けてお腹から精一杯の、「良い声」を。

万感の想いを込めて、喉が潰れても構わないというくらいの「ありがとう」を。

 

隣にいたぺこさんが「この人のこんな声聴いたことなかった」と後に語るくらいには、精一杯叫んでいたあの瞬間。

 

そうしたら、出てきたんですよね。彼女たちが。

そんなのあるって思わないじゃないですか。「これで終わり」って考えていたステージの終わりのその先に、本当に現実的ではない、ありえないって思っていた形でもう一度大好きな人達が登場してくれる。

泣きじゃくる降幡愛さんの「皆が、歌ってくれた……。」という言葉が、私にトドメを刺しました。

 

「人生にはときどきびっくりなプレゼントがあるみたいだ」という言葉の通り、あの日私は多くのプレゼントを受け取ってしまいました。

 

今後の人生への追い風となるエールと(余談ですが、フランス語で「エール」は翼って意味があるとかないとか)、ありえないと思っていた最大限の感動を。

 

もう、この人達から自分は逃げられないな……と、そう思わされましたし、やっぱりこのコンテンツと添い遂げることが自分の残りのオタク人生の過ごし方なのだろう、と改めて思わされました。

 

 

●その名前を何度でも

 

そんな激動の2018年、前半は仕事に忙殺されて精神が死にかけていましたが、そこから抜け出すために一大決心をし、夢へ羽撃くことができたのが後半戦でした。

11月にAqoursに素敵なプレゼントをたくさんもらい、12月に新たな人生を始めて、大きな1歩を踏み出せた、良い年だったと思います。

 

この先2019年にも、私はきっと何度だって彼女たちの名前を、ありがとうの言葉と一緒に叫び続けるのだと思います。

 

30歳をいつの間にか回っている人生ですが、正真正銘の再スタート。割と真剣に第2のスタート。

きっと2019年はそんな年になると思います。

 

こんな雑な形でまとめることになった記事ですが、年の瀬に駆け込むには丁度良いかななんて。

 

ひっそりと投稿します。

読んでくれた皆様、今年もよろしくね。

 

2018.12.31  十六夜 まよ

巡る暦 喜びを詠み 皆で読み 浮かぶ微笑み 20の歩み

皆様こんばんは。十六夜まよです。

 

唐突ですが、「#ラブライブ短歌」というTwitterハッシュタグをご存知でしょうか。

 

以前から仲の良いフォロワーさんがそのタグでラブライブ!にまつわる短歌を詠んでいるのをちょくちょく目にしており、2017年の年末、私は一つの思い付きを得ます。

 

毎年お正月に、歌会始の儀なる「短歌を詠むイベント」があるし、お正月ということは自分が敬愛する黒澤ダイヤさんの誕生日でもあるので、その日に黒澤ダイヤ生誕記念歌会始を開催したい!

 

そういったものでした。

結局、特別何か呼びかけをするでもなく、1月1日、元日に私がひとり淋しく短歌をぽつりと投稿し、静かにダイヤさんのお誕生日をお祝いするイベントに……

 

は、なりませんでした。

 

当日、想像以上に多くの方が「#ラブライブ短歌」タグに興味を持ってくれて、普段短歌を詠んでいない人も「自分もやってみようかな」と各々の歌をつぶやき、たいへん盛り上がる内容で私の推しの誕生日は華々しく終わったのでした。

 

普段より短歌を作成し、TLに投稿してくれていたてぎさん(@tegit)と、

ラブライブ短歌の祖であるシラノさん(@kosakiski)には、この文化に触れる機会を作って頂き、また当日にも積極的に歌を寄せて頂き、感謝してもし切れません。

 

そして、その動きはそれだけでは終わりませんでした。

「次は1月17日、小泉花陽さんの誕生日で」

そんな一言から誕生日にキャラを祝う短歌を詠む、ラブライブ誕歌」の文化が誕生したのです。

 

 

さて、そんな素敵なラブライブ短歌。

私は今年、「μ'sとAqours全員の誕生日にお祝いを詠もう」と心に決め、キャラの誕生日には最低1首のラブライブ短歌を投稿してきました。
途中、Saint Snowの2人にも誕生日設定があることに気づき、総勢20名。

先日、12月12日の鹿角理亞ちゃんのお誕生日で、その20名の今年の誕生日は終わりとなりました。

 

この記事では、その20名分のラブライブ短歌を、作者である私自らが込めた想いや散りばめた意図なんかについてドヤ顔で全てを解説し尽くす!という、題して

 

十六夜録2018 ~ラブライブ短歌・ひとり品評会~

 

を開催しようと思います。

自分のラブライブ短歌大好きだなーーーーーー!とか、こんなこと考えてたわたくし、すごいのでは?????という完全自己満足の記事になるので、お付き合い頂ける方だけお読み頂けると良いかと思います。

 

 

それでは、スタート!

 

長いので目次いれておきます。

 

 

 

 

●1月1日:黒澤ダイヤ

 

 全ての始まりでしたね。

「あたらしき年の始め」は言わずもがな元旦を意味し、初春の季語でもあります。

そんな素晴らしい日に、貴女と出会えた。運命が巡り、誕生してきてくれた……。
その奇跡は貴石のように貴(たっと)く、貴女へ授ける名前は「決して壊れない強さ」を持つ宝石「金剛」ですよ。という、親目線のような、ファンの目線のような、そういう内容の歌でした。

金剛不壊」という強さと高貴さを併せ持つ言葉を使いたくて、無難ではありますが彼女の名前に含まれる「貴石」を掛詞に使用して織り込んであります。

そしてこれは、9ヶ月後に訪れるもう一人の貴石への、長い長いパスでもありました。

 

 

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2作目から拍子を崩して挑戦してるなあ……と今なら思うやつですが、そういう試みもしてみたかった時期でした。

「燃ゆる意志」は「燃えるように紅い石=ルビー」と掛けていて、スクールアイドルとして姉と同じ舞台に立ちたい!と願い続けた彼女が、ついにその願いを叶え、2人だけのステージに立った気持ちを詠んだものでした。

真夏は誰のモノ?」がテーマであり、ダイヤの感謝の気持ちである「御礼」、曲中で「高らか」に歌い上げられる「オッレィ!」の掛け声、そんな2人の貴石の絆が「宝であるか」のように感じられる尊さを詰め込んだものだったのですが……詰め込み過ぎ感が否めないですね。でもこういうの好きです(自画自賛)。

 

 

●1月17日:小泉花陽

 

 ãã¾ãããã±ãªãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

小泉花陽さんといえば、やはりこのシーン……!ということで真っ先に思いついたのがこの歌でした。

アイドルに憧れ続けた少女が、その夢を現実に変えた決意。「うつつにうつす」という、流れる日本語の音を意識した言葉選びをしました。

下の句は「花陽」の文字で挟むと同時に「花よ」の音も含ませた欲張り仕様です。

そして「燦(きらめ)け」。これ、「米」の字を使っているのが大変にお気に入りのポイントです。

「あかき陽」は彼女の決意を見守る夕日なのですが、この時に彼女を見守っていた存在がまだいることを私たちは知っています。ãã©ãã©ã¤ã 4話 ã¾ãã±ãªãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

この時、優しい微笑みで彼女を見守る、2人の大切なともだち。この2人のイメージカラーは「あか」「」の2色でしたね。

特に解説はしませんでしたが、私がこういう仕掛けをする時は敢えて漢字への変換を行わないことが多いです。ひらがなには要注意ですね!

 

 μ'sにとって、存続に関わる一番のピンチは何だったのでしょうか。

歌詞ができない、曲がない、生徒会長が冷たい。後には、穂乃果の心が折れかけたり、ことりの留学騒ぎがあったりとトラブルは多くありましたが、もしかするとファーストライブのあの日、彼女があそこで現れなかったら3人の意志はポッキリと折れてしまっていたかもしれません。

「観客」がいてくれること。アイドルに限らず、全ての表現者にとってそれは自身のパフォーマンスを発信する最も大きな動機であると私は考えています。

だからこそ、あの日彼女が来てくれたことは本当に大切なことでした。

小泉花陽こそが、μ'sのスタートダッシュを切らせた存在なのだと、私は思っています。

 

花陽の背中を押した存在の一人である、真姫。

彼女が花陽に自身をつけさせるために中庭で唄った発声練習は、「ドミソミド」の音階でした。

μ'sが9人になった後にも、きっと毎日の基礎練習として発声練習は欠かさず行い、あの日2人で唄ったメロディは9人の日常へと変わっていきます。

そんな風景を詠んだ歌。素敵なメロディが流れる日常の風景が浮かんできませんか?

 

 

●2月10日:松浦果南

 

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これは説明不要かと思います。

「高み」は「高海」であり、MIRACLE WAVEで大技を決めた千歌への、積み重なる多くの感謝を込めた彼女の気持ちを詠んだものです。

この時訪れた「夜明け」は長く苦しんだ果南の3年間の「夜」が終わったことと、自信がなかなか持てない千歌が普通怪獣としての覚醒を得た、そんなBreakthroughを同時に表しています。が、これは劇中でしっかりと語られた文脈なので、そのプロセスを改めてなぞった形の短歌でしたね。

 

空も海も同じ蒼い色をしているのなら、彼女にとって離れ離れになってしまった親友たちへ会いに行くことなんて海を泳ぐくらいに自由なことで。

「この空は繋がっているから」、距離なんて気にしないで、開放されたこころでこの先の人生ものんびりと朗らかに過ごしていってくれるのかな……という願いと期待を詠んだ歌でした。

 

 G線上のシンデレラ。

この曲の発端である鞠莉の「したいこと教えて」という謎の金持ち発言には、実はこんな背景が合ったのかも?なんていうもしものお話。

学校のこと、ラブライブのこと、Aqoursのこと、そしてそれぞれの進路のこと。年を明けてからの数カ月は本当に忙しかったはずで、だからこそ鞠莉は、鞠莉なりに2人を精一杯祝いたかったのかな、なんて考えていたら自然とこの歌が浮かんでいました。

もちろん、「船上」は「線上」と掛けてあります。

 

 

●3月4日:国木田花丸

 

 ã4話 ãµããã®ã­ã¢ããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

重ねる短歌に挑戦してみたやつでした。

「解き放とう~」は、ルビィの輝きを世界中の人に知ってもらいたいという花丸のキモチを。

宝石箱にしまいこんでしまうのはもちろん、紅く輝く紅玉(ルビー)。そんな狭い世界にこの貴石は留まらず、大きな翼を広げて飛び立つ不死鳥の片翼であってほしいと、彼女はいつも願っていました。

「やってみよう~」は、優しい親友が、自分に遠慮をして本当にやりたいことを諦めてほしくないルビィのキモチを。

大きな夢の物語を本の中だけにしまっておかず、憧れの人の名前のように、そして自分の名前のように丸く、大きく咲き誇ってほしいと、彼女は涙ながらに願いました。

「共に行こう~」はそんな、「小さな世界」から外へ飛び出した、似た者同士の「ふたりのキモチ」を。

輝く2つの新たな可能性を、素敵な仲間として受け入れたい2年生の3人と、我々ファンは心待ちにしていました。

この一連の三部作は、それぞれ別の視点から同じようなリズムと語感で一つの物語を詠んでみようという、割と構成に凝った歌でした。

 

 

●3月15日:園田海未

 

 ãSID æµ·æªãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

SIDのエピソードの一つに、「真姫が父親にスクールアイドル活動を禁止され、μ'sを脱退することになってしまう」というものがあります。主人公は真姫と海未で、それぞれが違った視点からこの物語の顛末を語るのですが、どちらかというとこの物語の本質は海未側にあると私は考えています。

自分では選べない、生まれた家ならではのしがらみや、それを受け入れるにも、反抗するにもどっちつかずな立場である高校生という年代。

スクールアイドルという期間限定の輝きに関しても、その終わりの訪れにはいずれ向き合わないとならない問題ですが、特に彼女たちにとってその終わりは自らの運命と向き合う時と直結しており、高校生という期間は彼女たちに許された最後のモラトリアム時期なのかもしれません。

そんな不確定な未来に、答えが満ちるその時まで、せめて今は、一瞬でもいいからこの運命に抗って、今だけの輝きを追っていたい……。そういった彼女の内に秘めた熱い想いが胸を打つ、名エピソードだと思います。

普段のμ'sの物語とは少し違う、シリアスに引き締まった「戦い」のお話。それを彼女のソロ曲の歌詞と絡めて表現してみたのがこの短歌でした。

 

 

●4月17日:渡辺曜

 

当て字シリーズ、第一弾です。そしていろいろ詰め込んだなぁ……という雰囲気。

意訳としては、「たまに夜更かししたりして、私が作ってきた衣装たち。これを着てみんなと一緒に踊れば、気持ちも揃ってダンスもバッチリだよねっ!ヨーソロー!!」

といった感じでしょうか。

WONDERFUL STORIES」はこれまでの衣装が総出演する、衣装たちのカーテンコールの曲でもありました。その多くの衣装は、まさに彼女にとっての物語。

「わた」「なべ」「よう」を組み込みつつ、「ヨーソロー」もこっそり(?)仕込んだこの短歌には、曜ちゃんらしく色々こなす器用さを混ぜ込んでみました。

 

・番外編

 ãæã«ãªãããaquarium ãã¡ã£ã¡ã¼ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

うちっちーの誕生日と言いつつ、渡辺曜の短歌だったのでここで一緒にご紹介。

言うまでもなく「恋になりたいAQUARIUM」の場面を切り取ったものですが、ここでの「私と彼女」は「meとshe」、つまり「みとしー」と変換できるんですよ!っていう小ネタも仕込んであります。

「うちに秘める」も掛詞で、胸の内に秘めた気持ちを、「うち(っちー)に自身を秘める」ことで表現していた彼女のいじらしさ、少しだけ仄暗い胸の内を詠んだものでした。

 

 

●4月19日:西木野真姫

 

 ãmusic s.t.a.r.t pvãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

作曲担当者については、「多くの歌を生み出した」という観点から、量を多く詠むことを裏テーマとして設定していました。もちろん質に妥協はしていません。

まずは総選挙センター曲である「Music S.T.A.R.T!!」をモチーフにひとつ。

「真姫」を分解して使用しております。

 

この記事では画像を添える手法も使って紹介していますが、この時が初めて画像を添えたものでした。

「うた」をたくさん登場させたのと、全て違う意味で漢字変換をしたのがこだわりポイントです。彼女の一番好きなシーンの一つである、無印1期2話のラストシーンは、その風の雰囲気も相まって爽やかで大好きです。

あの時吹いた1陣の風は、間違いなくμ'sの最初の追い風。ファン1号は彼女だったんですよね。

 

中の人シリーズ、第一弾です。

暑い夏の日、練習の一幕でしょうか。ひとしきり身体を動かした後、流れる汗を拭うのは1枚の柔らかなタオル。

真姫役のPileさんの「Pile」は「積み重ねる」という英単語ですが、それが転じて糸を紡いで層にし織り重ねた、タオルの生地を指すものでもあります。そんなタオルのように多くの人を包み込む存在でありたいとつけられた彼女の名前は、練習に疲れた彼女たちの身体も優しく包み、癒やしてくれることでしょう……!

 

 ãWONDERFUL RUSH ç姫ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

各所で語っている通り、「Wonderful Rush」は私にとってμ'sの一番好きな曲です。

特にその中で彼女が唄うソロパート。5thではPileさんが本当に、魂に響くような歌声で「吠えて」くれて、出発を唄うこの曲の力強いイメージを高らかに表現してくれました。

本当に好きです。ソロも、曲自体も、真姫ちゃんも。不動の1番。

 

ほのまき、なんすよね……。

彼女、心底「高坂穂乃果」という存在のカリスマ性に揺り動かされた人間だと思うのですが、その素直になれないいじらしさから、やることがいちいち可愛すぎるんですよね。

もっと多くの言葉や励ましの気持ちを届けたかったはずですが、一生懸命選んだ曲たちと、ディスクに書かれた名前だけが彼女の伝えた気持ち。でもそれで良いんです。それが、良いんです。

ほのまき、なんすよね……!

 

 ほのまき、なんすよねーーーー。

「私の音楽はもう終わった」と語った彼女が、その場所で再び音楽を始められたことは、彼女に取っての新たなスタートラインであり、スタートダッシュであったと思います。

当て字シリーズ第2弾となりますが、彼女の紡ぐその音楽はまさに彼女の見る世界そのもの。再誕した彼女がここから生み出す多くの楽曲が、我々に沢山の感動と勇気を与え、μ'sを伝説へと導くんです。

 

 

●5月4日:鹿角聖良

 

 

ã鹿è§èè¯ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

GWって、北海道の特に左側、つまり函館や札幌では桜が満開の季節なんですよね。

遅めの春真っ盛りの北の大地で生を受けた聖良姉様は、きっと桜吹雪に祝福されながら生まれてきたのかなと。そう考えたら、春の函館にもまだ雪は舞うし、だからこそあの時期にHAKODATE UNIT CARNIVALが開催されたのかな、なんて考えて詠んでみました。

「円舞曲」は「ワルツ」と読んでくださいね。

 

 

●6月9日:東條希

 

 ãå¸ ã¿ã­ãããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

タロットカードは彼女のシンボルであり、気持ちを代弁するパートナーでもあります。

「星」「月」「太陽」「運命の輪」、そのどれもがアルカナの1つであり、月以外の3つは明るい未来や運命を暗示する、ポジティブなカードです。月だけは不安定さや曖昧さを表現するので、少しだけネガティブなものですが、そんな曖昧さを包括して未来を希む、彼女をよく表現した歌になったなと自画自賛しています。

 

そして「私の望み」は2期8話のサブタイトルにもなった、彼女に取って大切な気持ち。

月が我々に見せている姿は常に一定方向で、こちらからは裏側を観測できないのは有名な話ですが、タロットカードに本音を隠し、なかなか素直な気持ちを表現しない彼女が「月」に喩えられる構造はアルカナの意味も含めてよくできているなあと感じます。

 

 

●6月13日:小原鞠莉

 

 ネタに見せかけた、割と真剣な1首目。

2年ぶりに淡島に降り立った彼女の決意と望みは、如何程であったか……ふざけたBGMとふざけた振る舞いでなんとなく誤魔化されていましたが、壮絶な想いを持って戻ってきたのだと思いますし、次こそは、という気持ちは人一倍だったと思います。

「輝きを追う」気持ちを冒頭の「オゥオゥオゥ」と同じ音で重ねた表現は割と上手だったのではとこれまた自画自賛。いや、そのための記事なんで……大体自画自賛してます。

そして2首目。

誕生花ではないのですが、その名前と、煌く金髪から彼女はしばしばマリーゴールドの花に喩えられます。

そんなマリーゴールド花言葉、実は「絶望」なんですよね。

ですが、その他にも「変わらぬ愛」「信じる心」等の意味もあり、強く、まっすぐに咲き続けるその姿はきっと自身の名前に込められた絶望の意志だって打ち砕いて輝ける、そんな強さを持っていると思うのです。

「shine」を決めゼリフに力いっぱい輝く彼女は、Aqoursにおけるもう一つの太陽。

当て字シリーズ第3弾は、そんな彼女を太陽に似た花の名前と掛けました。

 

 ããµã³ã·ã£ã¤ã³ é è å»æ ¡ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

説明不要かと思うんですけど。

2期7話のこの場面、本当に深く心に刺さっていて。

鞠莉ちゃん、きっと本当に誰の前でも弱さを見せていなかったのだと思うんですけど、そんな彼女の見えない苦労を、ダイヤさんは理解してずっと寄り添っていたんだと思うんですよね。

もちろん、果南も大切な親友ですが、こういう場面で支えてあげるのはきっとダイヤの役割だったのでしょう。お互いがお互いを支え合う、Aqours3年生の素敵な関係性です。

 

彼女の新たな旅立ちに、親友2人の精神は大切な経験となって力を与えてくれるはずです。

果南の誕生日のときの「蒼ければ 海、空どちらも同じかなん? いつか渡ってふたりの元へ」で詠んだ「空すらも泳ごうとする自由で開放された心」と、何事にも負けない、折れない、「金剛不壊の硬い意志(石)」。

この2つの魂は鞠莉が淡島で過ごした結果得られた大切な財産であり、新たな道へ旅立つ時の道標となることでしょう。

こちらの世界の年が明けて早々に巻き起こる、イタリアでの彼女達の戦い。どうか、彼女にとって2人の魂が支えとならんことを。

 

 これも、そんな彼女の旅立ちに際して。歳相応の、ちょっとした淋しさと哀愁を漂わせる、決意の前の一瞬の迷いとも言える感情を切り取ってみました。

言わずもがな、CVは諏訪ななかさん小宮有紗さんでお願いします。

 

 

●番外編 6月30日:Aqours

 

 ãåã®ãããã¯è¼ãã¦ããã 13話ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

Aqoursの結成記念日に、Aqoursの誕生日をお祝いしたものです。

2次元の「向こうのAqours」、3次元の「こちらのAqours」それぞれについて意味をもっている短歌にしました。

・向こうのAqours

「虹を超える」は劇場版のタイトルで、今現在彼女たちはそこにいて我々を待っています。「輝いてるかい?」と問いかけるのはこちらのAqours9人へ。4thを迎える前の段階で詠んだものなので、「ここへおいで」と誘う、彼女達はまだ「挑戦を受ける者」です。

・こちらのAqours

「2次を超えて」、圧倒的なパフォーマンスを見せつける彼女たちが「駆ける」のは「樋(とい)="水"の通り道」。その背中で語る「君のこころは輝いてるかい?」の言葉は、我々ファンへの「挑戦」です。

 

 

●7月13日:津島善子

 

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冒頭で調を崩しているのは「unstable」な雰囲気を演出するため。

彼女も本当は自分が普通であることを認めてしまっていて、だからこそヨハネを演じることで自らが特別であることを主張したい、普通の人の一人なんですよね。

だからこそ、そんな彼女を「特別」にしている翼。彼女には見えていないかもしれないけど、善子とヨハネ、そして愛香の3人がひとつになって、彼女の精神を作り上げているのです……という。そんな次元を飛び越えるような不安定なゆらぎも、「unstable world」でなら有り得るのかな、なんてそう思うのです。

 

 

●7月22日:矢澤にこ

 

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なんだかんだいって、音ノ木坂学院アイドル研究会が賑やかになって一番嬉しいのは彼女以外にあり得ないし、そんな状況を生み出しているいつもうるさいアイツらには、口には出さないけどめちゃくちゃ感謝してるのだろうなあ……という歌。

彼女が守ってきたからこそμ'sが存在し得たという意味では、彼女もまたμ's存在の鍵を握った人でもあります。相互に支え合って出来上がる運命の絆なんですよね。

 

 

●8月1日:高海千歌

 

 彼女の「輝きたい!」という気持ちで、一体どれほどの人間が、その"ゼロ"を"イチ"に変えられたでしょう。梨子や曜、Aqoursのメンバーも当然ながら、伊波さんや我々ファンだって、その輝きに突き動かされて多くのアクションを起こしてきたはずです。

そんな彼女がしていることは、もしかすると本当に「普通」のことで。生まれ育った内浦の、実家に面した海岸だけがいつも変わらずに彼女の軌跡を、そして起こした小さな奇跡を、見守っているのだろうなあという歌をまず読みました。

 

 ããµã³ã·ã£ã¤ã³ 2æ 7話ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

2期6話および7話の総括を切り取ったような内容。

MIRACLE WAVEで不安を抱えていたのは千歌だけじゃなくて、演じた伊波さんも間違いなく同じはずでした。そんな彼女に敬意を表して、「いなみ」の名前も織り込んであります。

下の句は「起こそうキセキを!」のタイトルを借り、そのまま韻を踏む形で「残そう」を詠みました。

普通怪獣の覚醒が、Aqoursのこの先の運命を変えていきます。

 

 パワフルなイメージから一転、少し憂いを帯びた情感ある歌を、ということで「夏の終わりの雨音が」が生まれる少し前の時期を想像して詠んでみました。

イメージは少し気温の下がった夕方、日が沈む直前のマジックアワーに、縁側で空を眺めている千歌の背中の日焼けがじりじりと熱を帯びているような、そういう夕暮れでしょうか。色はみかん色と紫、ちょっとだけ群青。

そんな雰囲気が伝わると嬉しいなという、空気感重視の短歌です。

 

 

●8月3日:高坂穂乃果

 

 ãé«åç©ä¹æ 1話ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæリーダー2連発で、この時期はエネルギーがとても高かったですね。

穂乃果が直感で突っ走る時に感じる「可能性」は、それを掴む天性の勘で彼女たちを伝説足らしめました。

「ほのか」「えみ」「ほむら」を読み込み、疾走感と牽引力を詰め込んだ渾身の1首かなと思っています。そして、この歌に込めた「リーダー」の姿は、3ヶ月後にもう一度詠まれることとなりました。

 

 

●9月12日:南ことり

 

 彼女のソロ曲「スピカテリブル」をモチーフにした短歌。

ペルセフォネ」は乙女座のモチーフになったとも言われるギリシャ神話の女神で、「穂」を意味する「スピカ」を携えたその姿は、春の訪れを告げる豊穣の女神であったと言われています。

しかし、彼女を妻にしたかった冥界の王プルート(ハデス)が彼女の母である農業の女神デメテルにそれを許されず、怒ったプルートは彼女を連れ去り、冥界のザクロを食べさせます。

そのザクロを食べたペルセフォネは、1年の2/3を地上で暮らすことができるものの、残りの1/3を冥界で過ごさなければならない身体となってしまいます。

その期間、デメテルは悲しみ嘆いてしまうため作物が取れず、厳しい季節が訪れるため「冬」が生まれたと言われています。

そんな話はさておき、変わりたいと願う心で踏み出す勇気はそんな恋心にも春をもたらし、それはあたかもペルセフォネが目覚めることで冬が終わるような、そんな雰囲気を乙女座と絡めて詠んだ歌だったのですが、あまりにも回りくどい意味付けをしたために流石に誰にも伝わりませんでした。ぶっちゃけ3ヶ月前に詠んだ自分の短歌を今こうして解説していても、若干意味が解りません。迷作です。

 

 ããã¨ã çå­¦ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

2人の名前を多く呼ぶ傾向にある彼女と、その呼び方だけで感情をどれだけ伝えているのか、というのを表現してみた意欲作。意図に気付いてくれた人が多くて嬉しかったのですが、改めて解説を。

留学に関わるあれこれのやりとりなのですが、穂乃果の名前を呼ぶも(彼女がライブでいっぱいいっぱいなのもあり)なかなか気付いてもらえない気持ちをテンションの違う2回の呼び分けで表しつつ、先に相談する相手は結局海未である、彼女たちの関係性を込めてみた内容でした。

やはり一番「女の子」な彼女は、そういう面倒臭さ(良し悪し両方)を含めた魅力を備えたキャラクターなのだなあと思います。

 

 

●9月19日:桜内梨子

 

頭に残るキャッチフレーズは七五調である法則。

ネタです。深い意味はありません。

彼女はAqoursの作曲担当なので、真姫ちゃんと同じく「沢山の歌を生み出す」という裏テーマがあります。

 

 「Pianoforte Monologue」に寄せて。

この曲は空と海の青を表現した音楽だと思っているので、桜色と青色が混ざった、とても爽やかな風が吹き抜けている世界観が見えるのですが、だからこそ、その想いは風に乗り、その唄に、音に乗って届くものであるのかな、という短歌でした。

 

 桜内梨子さんが視覚と聴覚の共感覚を持っている説を信奉しているので、「聴た」を「みた」と読んでいます。

あの時の感覚を思い出すため、沼津へ引っ越してきた梨子。そこでの出逢いは様々の人の運命を変えるキセキとなるわけですが、そんな彼女たちの「ラブライブ!」の始まりは梨子と千歌が出逢うところからだったのでしょう。

音声で「さくら」が仕込んであるのもこだわりポイントです。

 

 ãæ³ããã²ã¨ã¤ã«ãªããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

なんで2月?って思うかもしれませんが、2017年2月26日、我々は確かに満開の桜を観たはずです。

あの日、努力の上に積み上げた音楽と涙には、きっと彼女が寄り添っていて、皆の愛があったから、彼女はあの場面で折れずに立ち続けられたのだろうと思います。

そんな彼女に敬意を表して、彼女の苗字をそっと入れておきました。

 

最後の日、音楽室で彼女の演奏を聴いていたのはみかんのあの子ではなく、潮風と走るこの子でした。

「渡」「辺」の文字を使いつつ、春を迎えつつある音楽室での2人の会話を思い浮かべながら詠んだ歌でした。

 

始まりの日、ベランダで私の手を取ったのは隣の旅館のみかんのあの子でした。

ユメノトビラ」を開いたあの夜、流れる音楽は新たな毎日の前奏曲に。

ノクターン、プレリュードと、2匹のわんこの名前を使いつつ夜風の中一生懸命に手を伸ばしたあの日を詠んでみました。

 

 一番考えるのに時間かかった部門第1位。

先の「桜内梨子が視覚と聴覚の共感覚持ちである」説を受け、意訳すると
「どんなものを見ても、色もそこそこに調べが聞こえてくる。空の青さ、(勝利への)強い意思もまた、ファンファーレのように聴こえるの。」
といったところでしょうか。

この短歌は階名、即ち「ドレミファソラシド」及び「いろはにほへと」のみで構成しています。使用音縛りで短歌を詠む、というのに一度挑戦してみたかったので、音楽に関わりの深い彼女と絡めてこういう遊びができたのは良い体験だったと思います。

 

 

●9月21日:黒澤ルビィ

 

きました。

 

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本当に説明不要。祝福なんすよね。

 

 シリーズとは。ネタ枠です。説明不要というか、説明不可能。

 

 中の人シリーズです。

「降」「はた」「愛」を取り入れつつ、ルビィにも、降幡さんにも取れるニュアンスで舞台で輝く眩しさを歌っています。

「燃える意志」は以前にもあった「紅く燃える石」、即ち「ルビー」でございます。

 

 

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画面が曇るので解説ができません。

「ルビィを置いていかないで」の一言、これを言うのに彼女はどれだけの葛藤を秘めていたのでしょう。

他人のために涙をながすことのできる彼女が、この時は自分の感情に任せて涙を流しています。

以前記事の中で「妹だからこそ許された理不尽でどうしようもない我儘」と言ったことがありますが、それを理解して、だからこそ彼女はそれを言うか言うまいか、ずっと悩んでいたと思います。

言いたい。でも言えない。でも……。

このやり取りの後、きっと感じたであろう安心感は、やっぱりお姉ちゃんはルビィのお姉ちゃんだ……という安堵だったのだと思います。

 

 これ、既視感ありませんか?

 返歌のような扱いで、対応させてみました。Aqours最速誕生日と、Aqours最遅誕生日、9ヶ月もの間を跨ぐ壮大な伏線です。

コスモスは秋の季語で、時節を歌う上の句と、中盤は全く同じ文章を用いることで統一感を出しています。

名に冠する宝石を読み込む部分も含めて、ただし今回は「巡り合う」相手の中に姉も含めて、少しだけ時間が先に進んだ黒澤家を詠んでいます。

 

この日、降幡さんが伝説のインスタライブを行いました。ふりりんがミスってアーカイブ化されなかった問題のアレです。

「皆はルビィの誕生日になにしてたのー?」という流れで若干名がコメントした「短歌を詠んでた」がまさかの拾われ方をして、降幡さんが「今日の日に……」と口火を切りました。結局その後照れてしまい「無理だー!」と続かなかったその短歌を、誠に勝手ながら私が完成させました。

すまんな皆、私が唯一の"女性声優と連歌を詠んだオタク"だ。

余談ですけど、「短歌」の話題が出た時に降幡さんが「なにそれ」とか「どういうこと?」みたいなリアクションをせずにスッと「短歌を詠む」ってアクションに入ろうとしたの、案外このタグ視られているのでは……?みたいな妄想を生むような、そんな内容でしたね。

短歌の意味としては結構素直ですが、降幡さんがルビィを祝って、我々も祝って、そんな降幡さんをまた我々が祝って……といった暖かさが、ネットで繋がった数千人で共有できていたのが良かったなあと、そんな気持ちを詠んだ歌でした。

 

 

●10月21日:絢瀬絵里

 

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言わずもがな、無印1期8話「やりたいことは」の、希と絵里のワンシーン。

逆光を背に語る希の言葉の説得力が強いですね。

素直になれない、似た者同士の2人だからこそ、決意を新たに仲間に加わることができたのかなぁと嬉しく思い、同時にこの頃の絵里の尖った感じが懐かしくもありますね。

 

 2期以来、あまり、というか全くμ'sについては触れていなかったAqoursですが、珍しくAqours目線からのμ'sを詠んだ歌でしたね。

メンバー同士の心情を詠うものは何本かありましたが、グループ間はこれと花丸のときに使った「凛」くらいでしょうか。

WDEこと、わたくしは断然エリーチカ!を切り取った内容で詠んでみました。

 

 

●11月1日:星空凛

 

 「女子道」という言葉は偉大な先輩が自身のソロで歌っている概念ですが、それを継承してるのが「女子ロード」を歌う彼女なんですよね。

女の子としての可愛さを、小さな先輩の背中から学んでいる精神性は大変に尊いものだと思います。憎まれ口を叩きつつ、なんやかや先輩としてとても尊敬している……。そんな凛とにこの関係性大好きなんです。

 

 凛ちゃんまじえんじぇー。

 

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「この街は秋葉原に似ている」。そんな突拍子もない事を言いだしたのは彼女でした。

雨で気持ちが萎む中、負けずに不敵にニッと笑い、新たな1歩を踏み出したのは彼女でした。

そう、彼女は次のリーダー。カリスマで皆を引っ張った前リーダーの無謀さや牽引力を少しずつ引き継ぎ、見習って、この時には次世代のリーダーとして立派に成長の片鱗を見せています。

故に超新星

 リーダー繋がりで、穂乃果のこの短歌と対応関係にもあります。

「ほしぞら」「凛」「りほ」を混ぜ込み、「夜明け」と「星空」を時間的に、「可能性」と「超新星」、「走り出す」と「蹴り出す」を音的に、それぞれリンクさせて対になる構造としていました。

 

 ã2æ5話 å è中ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæさて、この記事をここまで読んできた人なら、これの仕掛けに気づく人、多いのではないでしょうか。

時間の流れがあるので、あとから詠まれる歌のほうが前のものを参考にしつつ構成できるのでこういった仕掛けを仕込みやすくなります。

 無印2期5話「新しいわたし」で、憧れていた女の子らしい衣装として選ばれたのは花嫁風の衣装でしたね。その姿を鏡に映し、新たな煌きを手にした彼女の、その背を押した力(=斥力)はというと。ã2æ5話 å è中ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

これまたこの時、優しい微笑みで彼女を見守る、2人の大切なともだち。この2人のイメージカラーは「」「」の2色でしたね。せきりょく。そういうことです。

対応関係のある短歌を詠む技法はこの頃にとってもハマって多用したわけですが、如何せん意味が伝わりにくいですね。ネタバラシはしたいけど、全ラブライブ短歌解説記事はこの頃には書くことを決意していたので、今言うのはつまらないしー!みたいな感じで。

今ここでやっとドヤ顔解説ができてとてもスッキリしています。

 

 

●12月12日:鹿角理亞

 

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「亞(亜)」という字には「次の」とか「2番目の」という意味があり、それが次女である彼女に相応しい文字であるという解説は以前DROPOUT!?の記事で触れましたが、その解釈を使った短歌でした。

「次たる者の理(ことはり)」でそのまま「理亞」ということですね。

「スクールアイドルは終わりにする」とまで一度は言ってしまった彼女だけれど、きっと今なら大丈夫。雪が溶けて春が来ても、新たな季節にまた咲き誇る雪であると信じています。

 

 「敗者の勝利条件」の話を2期7話~9話のあたりでしていましたが、「Awaken the power」を演奏したSaint Aqours Snowに取っての「勝ち」は一体何だったのでしょう。

それは彼女たちにしかわからないところでもありますが、とにかくその瞬間が2人にとっての「最高の最後」だったのは間違いないはずです。

代名詞である「最高」というワードと、韻を踏んだ「最後」。

漢字変換しなかった「かつの」は「鹿角」とも変換可能です。

「私は」ではなく「私たちは」、という前の節がそこを修飾し、「今度こそ」の決意を高めています。

Saint Snowとして最後まで高みを目指し、勝利に拘り抜いた彼女たちに、最大限の敬意を。

 

 聖良との「Saint Snow」はこの冬限りで消えてしまうけれど、「だけど」「だから」と言葉を並べて語気を強めて、「勝つんだ」に繋げる決意の短歌。

円舞曲は聖良のときと同じく「ワルツ」、3拍子系の曲なので「DROPOUT!?」を指します。

聖夜には少し早い時期でしたが、この決意はラブライブの北海道地区大会に臨む彼女の心境を詠んでいます。

 

 だけど、そんなことがあったって。

覚醒を経て「新たな雪」として輝く決意を手にした今、彼女の雪の結晶は例え春の陽光に晒されても溶けてしまわずに強く輝くものとなっているはず。

中の人シリーズで名前を借りつつ、来年の理亞ちゃんの未来を詠む、そんな短歌で締めてみました。

 

 

以上、総勢20名+α、短歌の数はぴったり60首となりました。

 

 

●あとがき

 

冒頭でも述べましたが、最初はここまで続くものだと思っていなかったのが正直なところです。私自身、結構飽きっぽい性分で長続きする趣味が少なかったりしますし、短歌をここまで日常的に詠んで、言葉を磨いていく過程を楽しむようになるとは思っていなかったですね。

しかし、こうしてキャラの誕生日を祝って、その気持ちを皆で共有して簡単な形であってもアウトプットして……という動きを、今年一年で毎回楽しめたのはラブライブ短歌があったからだと思います。

誕生日ごとにキャラのイラストを上げたり、SSを書いたり、コスプレしていたり踊ってみたり演奏してみたり。そういった目立つ形のアウトプットができる人たちを、私はきっとどこかで羨んで妬んで、悔しく思っていたところはあるのかなと思うんです。

そんな中出会った短歌で、31音に想いと愛を沢山込めて、言葉を磨いて勝負できることは、そんな他の皆さんのアウトプットに負けない、素敵な表現活動だなって思うようになって。

そして何より嬉しいのは、当然のように皆さんがそれをするようになっていて、いつの間にか沢山の仲間がいたこと。果てにはオタクの誕生日を祝ってその人に短歌を詠んだり、推しの声優さんの誕生日を祝ったりと、表現の世界がどんどん広がっていることですよね。

 

私は、難しくも愛おしい、日本語の文化が大好きです。

そんな日本語の、割と伝統と格式ある「短歌」という文化を、こうしてカジュアルに日常的に楽しめているのは、日本語の持つ懐の広さを垣間見れたりしてそれもまた好きだったりします。

 

最初の頃、結構皆がルールを気にして「難しそう」と言っていたんですよね。

でも、やってみたら案外すんなりと作ることができたという声が上がってきて、気付いたら沢山の歌が生み出されていて。

 

季語や掛詞なんて難しいルールはありません。いっそのことなら31音ぴったりでなくても雰囲気が伝われば短歌だって言い張れるし、僕は当て字で変な読みさせてたりもします。カタカナも英語も入れますしね。

でも、不思議と出来上がる歌は美しい雰囲気を纏っていて、風流さを持っていたり。

 

そんな柔軟で綺麗な短歌。今年は存分に楽しみました。

来年はどうしましょうね……虹ヶ咲の9人も含めて、29名の誕生日を祝いたいですね。

今年、色々なアイディアを使ってしまったので、来年の短歌は難易度が上がる気がします。一工夫加えて、何か新しい風を吹かせたいな等とは考えていますが……果たして間に合うのか。

 

そんな語りをしつつ、この記事を終わろうと思います。

長々と付き合って下さった皆様、本当にありがとうございました。

 

では最後に。

 

美しく、そして楽しい #ラブライブ短歌 、あなたもぜひ始めてみませんか?

約束。

──この話は、1人のオタクの面倒臭くて一方的で身勝手な、ひとつの約束のお話。

 

 

 

皆様こんばんは。十六夜まよです。

 

いよいよ明日に迫ったAqours 4th LoveLive! ~Sailing to the Sunshine~ですが、この開催地である東京ドーム。ここはまあ色々な人にとって色々な意味を持つ場所だと思います。

 

今回は、少しだけ自分のことを。

お目汚しになるかもしれませんが、ご了承頂ければ嬉しいです。

 

 

 

●伝説の終わりとオタク人生の終わり

 

2016年、3月31日と4月1日。

この時に東京ドームの舞台に立ったのは、一世を風靡した一組の声優アイドルユニット。

僕は当時、彼女たちのことが今のAqoursと同じくらい大好きで、きっとこの先こんなにコンテンツにのめり込むことはもうないのだろうなんて思っていました。

華々しく終わったアニメ2期。そして満を持して公開された劇場版。

現実世界でも彼女たちはその足跡を深めていき、紅白歌合戦への出場を果たし、ついには東京ドームでライブを開催するにまで至りました。

 

その、彼女たちの最初で最後の大舞台。

 

僕は、その日に仕事をしていました。

 

以前別の記事で触れたことがありますが、当時仕事上のトラブル(天候が関わる事故でしたね…)があり、誰が悪いというわけではなく職場の皆が仕事を長期間休めない状態になっていました。

強いて言うなら、運が悪かった。

 

たくさんの想いと、告げるはずの別れの言葉と、流すはずだった涙と。

そういった色々なものを置き去りに、僕の知らないところで彼女たちのファイナルライブは幕を閉じ、伝説となったそのグループは表舞台から姿を消しました。

 

あの時、オタクだった僕はきっと1度死んでいます。

 

そして、そんな僕を掬って/救ってくれたのがAqoursでした。

 

【余談】

「すくう」というアクション、僕はよくこのダブルミーニングを持たせて漢字変換を行います。
どうしようもない場所にいるところから、エネルギーを持って掬い上げる。
苦しい気持ちで沈んでしまった心へ光をもたらし救い上げる。

ラブライブ!の作中でよく、主人公が他の人物へ、時に逆に主人公へ、手を差し伸べたり強引に連れ出したりするその瞬間、確かに彼女たちは"すくわれて"いて、だからこそ絆が深まり、想いが繋がっていっているのだと、そう感じます。

友情や絆、もっと言えば運命や偶然の重なり。「見えない力」が働くとき、そこにはきっと「すくわれた」想いが渦巻き、繋がり、未来を紡いでいくのかな、なんて。

 

 

Aqoursが乗せてくれた船

 

閑話休題

そんな折に出会ったのがAqoursという存在でした。

正確には存在はもっと前から知っていたし、彼女たちの頑張りも傍目には見ていましたが、まだその時にはしっかりと追いかけていない、というくらいでした。

ファイナルを逃し、どうにも趣味に力が入らず、生気が抜けたような目で日々を送る。

無趣味って多分すごく危険な状態だったのではないかなと、今では思います。

惰性で買っていたCDも買った直後には開封せず、PCの横に放置するような状態で数ヶ月が経ち……。

何かの拍子にふと、たまにはラブライブの曲を聴こうか……なんていう思考で手に取った『恋になりたいAQUARIUM』のCD。僕の「救い」はこれでした。

 

何度かTwitter等で触れていますが、「別れ」や「終わり」を多く示唆した先代の後期の楽曲群が個人的に本当に苦手だった時期があり、それを受けて周りが「泣ける」とか「感動する」といった感想を口にする度に胃がもたれるような、よくわからない感情を抱えていました。

その想いはファイナル不参加でさらに深まり、CDを購入だけして聴かないような状態はその頃から始まっていたように感じます。

 

そんな陰鬱とした気持ちを吹き飛ばしたのがAqoursの楽曲。

無謀でパワフルで、辿々しいながらも始まったばかりの未来への希望を唄うその歌声は、心に吹く涼風として暗い気分を溶かしていきました。

 

君はなんども 立ち上がれるかい?

 

力強く問いかけるその言葉が。

 

信じてくれるかい?きっといつかは歌えるって

 

真摯に祈る、その愛のうたが。

 

届かないって決めないで 手を伸ばせ それから悩め!

 

無謀に駆け抜けるその背中が。

 

彼女たちのもたらした未来へ向かう風。

それが僕を掬い上げ、救ってくれた船出の風でした。

 

 

【余談】

うちの祖父は漁師をやっていました。自ら船を持ち、漁へ出る船頭でした。

今はもうこの世にはいないのですが、僕に多くのものを遺してくれた存在だったと思います。

厳しい人だったけれど、同じくらい愛情も感じられて。

何度かその祖父の船に乗せてもらい、漁へ出るのを見学したことがあります。

帆船ではないので風で進むわけではないですが、波に大きく影響するため風の存在はやはり大切です。

空気の密度の変化や湿り気、風の向き、鳥達の様子……。そういったものを全身で感じ、違和感があれば例え漁の調子が良くても引き返す。そういう風との付き合い方が自分たちには大切なんだと、そう話していた記憶があります。

風と上手に付き合い、船を出すときには追い風へ。

人生の中で何かしらの転換点があったり、勢いが変化する時に「風向きが変わる」なんていう言い方をする時もあります。

僕らの人生は、そんな風向きと付き合いながら進む、ひとつの航海とも言えるのかもしれません。

 

 

●約束

 

この先の話は本当に身勝手で、我儘なオタクの戯言。

 

Aqoursに、多くの可能性を感じて。

Aqoursに、暗かった気持ちをすくわれて。

Aqoursに、これから先も多くのものを見せて貰いたかったから。

 

Aqoursに、賭けました。

最初から追いかけていたわけではない、中途半端なオタクの賭けられるものなんて高が知れているので、とりあえず残りのオタク人生を賭けてみました。

きっとオタクとして僕が最期に推すグループ、それがAqoursなんだと。

 

その上でまだできることはあるんじゃないの?という言葉はもしかすると色々あるかも知れないですが、まあイベント全通や気合いの入ったフラスタ出したりとかだけが推しごとではないので、そのあたりは心構えの問題ということで……。

とにかく、自分が走りきった時に後悔が無いように。そういうつもりで全力を出そうと決めました。

 

後悔が無いように?

あの時みたいに?

 

結局今でも僕は引き摺っています。あの日の別れを、涙を、そこへ置きっぱなしにしています。

そして、その2年半越しの忘れ物を取りに行く船。

それが、その存在がAqoursなのだと、僕は勝手に定めて……。

 

自分が一生懸命彼女たちを応援して、誰にでも誇れるような人気と実力を兼ね備えて。

そうなった時に、きっと彼女たちはあの舞台へと僕を連れて行ってくれる。

だからそうなるように全力で応援しよう。

 

僕とAqoursとの、勝手で一方的な、約束。

 

当然、東京ドーム公演まで進むに至った航路の中で、僕の応援が意味を成している部分なんて一握りにも満たないでしょう。そんなことは解ってます。

だけれど、僕が今日まで真剣に彼女たちを好きでいたから、多くのことを考え、少しでも楽しくてユニークな解釈ができるように悩みぬいてきたから。彼女たちの笑顔を望んで、活動の中で多くの成長を得られるように願い続けてきたから。

寄り添い続けた想いの先に、少しだけ彼女たちがこちらへ向けてくれた愛情の一端である「10人目」という概念があり、だからこそ今僕は自信を持って言えるのです。

 

Aqoursが、僕の勝手な約束を叶え、果たしてくれた。

 

あの日忘れてきた大切な想い達を、大好きだよと素直に言える最高の人たちと一緒に、これから拾いに行くんです。

あの時にはいなかった、多くの仲間も今は横に並んでいて。

自信と誇りを讃えた背中で先頭に立つ9人は、とても頼れる存在になっていて。

 

だから僕は今回、Aqoursへの恩返しだとか、Thank you, FRIENDS!!に感謝を込めて!とか、そういった形の(敢えてそう表現しますが)「雑念」は挟まずに、果たしてくれた約束に存分に乗っかり、100%の信頼をもって全力で自分のために楽しもうと思っています。

これまで多くの想いを、情熱を向けてきたからこそ、十分なんてことは絶対にないですが……でも、僕が、もしかしたら僕だけは。

今度は、僕がAqoursから貰う番。

半分くらいはそんな傲慢な気持ちで。だって僕と彼女たちの関係はファンとキャストだから。

No.10という実態の見えない概念のような存在ではなく、十六夜まよという1人のファンとして、心の限りの応援と感謝を胸に秘めて、全力で楽しさを受け取ります。

置き去りにしてきた色々なものを全部取り戻して、だけれど終わった時には全力で笑っているために。

もしかしたら、僕は泣かずに2日間を終えるかも知れません。なんとなく、そんな予感がします。

 

光る風を受け、未来へのチケットをかざすその船に、客としてのんびりどっしりと構えて乗り込んでやろうかなと。そういう気持ちです。

 

どうです?めちゃくちゃ身勝手でしょう?

でもきっと最高。最強に当日僕は楽しいです。

 

 

●やっと手にしたMIRAI TICKET

 

ここまでが、4thへ向かう僕の想いと、ちょっとした過去と絡めての自分語りでした。

長々とお付き合い頂いた皆様、本当に有難うございます。

 

先日、Aqours紅白歌合戦への出場決定の報があり世間が沸き立っていましたが、その時に久々に見たMIRAI TICKETの衣装がとても印象的で、同時にその曲がずいぶんと頭に引っかかるようになりました。

 

「Sailing to the Sunshine」というタイトルと、タイトルロゴにあしらわれた一艘の船。

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「未来」「航海」「光る風」。

アニメ1期と2期を繋ぐ船であったこの曲は、今もう一段階上の意味を付与され、その先の未来へと向かう強固な大船へと変貌を遂げました。

同時に、作品に関わる本当に多くの人に取っての、それぞれの未来への船出を示す、「航路」や「そこへの切符」といった意味合いも感じられるものとなりました。

 

ドームに集まる5万人の、それぞれの人生という航路。

「太陽」を高く大きい目標や夢と捉えるならば、「Sailing to the Sunshine」はまさに夢への旅路、その船出です。

 

 

ちょっとだけ私事を。(いやこの記事は今までずっと私事を綴っていたのだけど)

夢と言えるほど強烈なものではありませんが、個人的に「2018年の目標」として掲げていた「関東への転職」を、先日やっと具体的に達成したと言えるレベルまで成し遂げました。

これから、新天地で新たな人生が始まるのだという実感。

このタイミングで僕の人生がそういった転換点を迎え、あらたな風が吹こうとしていること。

同時に、船出を示す大きな舞台が、2年半越しの約束と共にやってくること。

 

──全てに、意味がある。

 

偶然だとは思わずに、まずは明日明後日の大舞台を全力で楽しみ、精一杯Aqoursを応援して。

過去に置いてきた気持ちも忘れずに掬い上げて、今の気持ちにしっかりと添わせながら。

さらには自己の糧とするため、ここからの船出を盛大に祝う、祝砲として。

 

「過去」「現在」「未来」全ての時間軸に意味を持たせて、Aqoursを肯定し続けてきた僕の気持ち、Aqoursの頑張りが報われて彼女たちもまた良い笑顔でその先の未来を迎えられるように。

 

 

いよいよ明日からですよ!

 

東京ドームでの世紀の大舞台、全力で楽しんでいきましょう。

 

 

2018.11.16 十六夜まよ

Aqoursの挑戦、Aqoursからの挑戦

(2018.11.25追記)

この度、当記事が魂さん(@tamashiill)主催のラブライブログアワード2018 キャスト部門」に選ばれました。

ishidamashii.hatenablog.com

投票して下さった皆様、並びに企画を通して改めて読んで下さった皆様、何より、主催の魂さんに、心よりお礼を申し上げます。

アウトプットまでに時間のかかった記事で、本来3記事くらいに分けるべきかなという内容を1本にまとめているため、少しボリュームがあるかなとも思いますが……。

その分、気持ちを込めて書いたものですので、楽しんで頂けると幸いです。

 

それでは以下、本編です。(追記終わり)

 

 

 

皆様ご無沙汰しておりました、十六夜まよです。

 

昨晩、Aqours 2nd LoveLive!~HAPPY PARTY TRAIN TOUR~1周年ということで、BDを取り出し、彼女たちのステージを楽しんでいました。

やっぱりAqoursのステージは観ていて楽しい。心が躍る。

そしてその姿を観ていて心に浮かぶのは、その先にあった3rdツアーと、未だに感想のアウトプットがしっかりできていない、その先の曲たちのこと。

 

実は私、3rdツアー前に記事を書いてから全くAqoursについてのブログ書いてなかったんですよね。

言い訳をすると、3rdの感想やその後の新曲のどれもがとても重たく、よく考えさせられるもので……沢山の考えは浮かぶけれど上手に言葉がまとめられない。そんな大切な言葉・感情の数々を抱えたまましばらくのんびりしていましたが、いよいよ堰を切らせたのがAqoursの2ndの映像だというのはこれまた数奇なものです。

 

なにはともあれ、少しだけ大切に寝かせていた私の気持ち、Aqoursへの想い、そんなこんなを、キレイにまとめる自信はないので今回は無加工で吐露してみる。そんな文章にしようと思います。

いつもと違うスタイルになるのでお見苦しい点もあるかと思いますが、お付き合い頂ければ幸いに存じます。

 

注)歌詞引用はいつものように下線と斜体で表記します。

 

 

●3rdツアーで感じたこと

2018年6月9日の埼玉公演を皮切りにスタートした、ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 3rd LoveLive! Tour ~WONDERFUL STORIES~は、途中いくつかの外的なアクシデントに見舞われつつも、ステージそのものは本当に完璧に、素晴らしい完成度でその幕を閉じた。

私が現地で参加したのは埼玉の初日と大阪の2日目の2公演で、他の公演はLVでも観る機会が無かったため、語れる範囲がそこに限定されることはご了承願いたい。

 

 

3rd埼玉初日の直前、私はあろうことかこんなことを考えていた。

劇場版も残っているし、そもそもそんな明確な言葉が誰かからあった訳でもなく、なんとなくアニメ2期の内容に引っ張られる形で3rdライブが一つの終着点なような、そんな勝手な想像を重ねて勝手に寂しくなっていた部分が少しだけ存在していて。

結果的にそれはAqoursに大変失礼な想いであり、杞憂だったことが初日の公演後に認識されたのだが、それを払拭してくれたのは逢田梨香子さんのMCにあった

「挑戦していくのがAqoursだから。」

という言葉だったように思う。

 

挑戦。

 

Aqoursはいつだって目の前に大きな壁を用意され、きっと我々の知らないところで歯を食いしばりながら、時に乗り越え、時にぶち壊してこれまで前に進んできたのだろう。

勇気はどこに?君の胸に!の詞にあるように、

やり残したことなど 無い
そう言いたいね いつの日にか
そこまではまだ遠いよ
だから僕らは 頑張って挑戦だよね

と、ある種アニメ世界で浦の星女学院の終わりを見届け、3年生の卒業を見送った、そんな向こうの世界のAqoursでさえも挑戦を唄い、そして本当の終わりがまだ遠いことを明確に告げていた。

そこに気が付くことができて初めて、Aqoursがこれからどのように進むのか、何がそこまで我々の気持ちを動かすのか……3rdツアーの何が素敵で、「Thank you, FRIENDS!!」のどこが素晴らしくて、「ホップ・ステップ・ワーイ!」の歌詞が何を示すのか……。

そんな感情の数々を、やっと一つの方向性にまとめられるような気がして。

いつだってそうだったかも知れないけれど、これからのAqoursはより一層この「挑戦」というキーワードと共にあるのだと、そう感じてならないのだ。

 

 

●1stから2nd、3rdへの流れの中で

プロジェクトラブライブ!の根幹にある多方面メディア展開の中で、どの世界が主で従で、等という順位付けは野暮なものだとは思うが、それでもやはり大きな柱として存在するものは「アニメ」と「ライブ」であると思っている。

ラブライブ!サンシャイン!!Aqoursに関してはこれまでナンバリングライブは3回行われ、ファンミーティングイベントも挟まれてきたが大まかに分けるとそのテーマ性は2種類だった。(HAKODATE UNIT CARNIVALは例外とする)

 

1st・3rd→アニメのストーリーを軸に、Aqoursの物語を展開するもの

2nd・ファンミ→そこまでの活動を踏まえた上で、Aqoursの物語を展開するもの

 

Aqoursの物語を展開する」という表記は同じではあるが、意味は全く──誇張ではなく──"次元が違う"と言える。

つまり、前者は千歌たち2次元のAqoursの、後者は伊波さんたち3次元のAqoursの、それぞれ独自の物語を表現するもので、その似て非なるドラマ性こそが我々を魅了するひとつの要であるのだと強く思う。

(以後、千歌たち2次元のAqoursを「向こうの」、伊波さんたち3次元のAqoursを「こちらの」と表現していくこととする)

  • 千歌たちAqoursの物語
    言わずもがな、アニメで千歌たちが経験し、我々が観測したストーリーを追っていく形のライブ。キャストのステージ上のニュアンスも、キャラクターを強く意識したものが強くなり、当然ながら挿入歌のパフォーマンスが多いため映像シンクロや演出上の2.5次元展開が多くなる。

  • 伊波さんたちAqoursの物語
    アニメ以外の楽曲や世界観をキャスト主体で演じる、ライブパフォーマンスに寄ったスタイルのライブ。現実の世界や季節感を大切にし、キャスト本来の魅力やそれを引き出す楽曲選択が行われる傾向にある。

勿論これらは完全に独立したものではなく、そもそもキャストとキャラクターの間にある次元の壁を限りなく取り払うことが声優アーティストの本懐の一つでもあると思っているので、そこを明確に分けることにはさほど意味はないと感じるのだが、敢えて分けるのならば私の中ではこんな雰囲気になる。

本当に細かいニュアンスではあるが、前者は「伊波杏樹演じる高海千歌の」、後者は「高海千歌伊波杏樹の」ステージといった感じ、と表現すれば伝わりやすいだろうか。

 

そして次回……4thライブは後者の、物語の文脈が3次元のAqoursに寄った展開をするライブになるものがある、と私は考えている。

 

 

Aqoursの挑戦

2次元という、3次元の創り手によって創造された世界で、それが物語であるなら失敗することなく困難を打ち破ることができるキャラクター達に対して、3次元の人間はどこまで努力を重ねてもその確率を完璧なゼロにすることは難しい。

 

すごく熱の無い言い方で申し訳ないが、例えば千歌の言葉で自身の輝きを見つめ直した梨子は絶対にピアノを間違えないし、同様に自分を含めた9人にリーダーとして認められた千歌のバク転は必ず成功する。姉の祝福を思い出したルビィは面接会場で強く自身をアピールできるし、彼女たちがステージに立つ時はいつだって健康体だ。
それは彼女たちが、創られた脚本の上で与えられた条件を満たした時に決まった結果を得ることができる、そういったルールの世界で生きているからだ。

 

しかし現実はそうもいかない。

3ヶ月練習を重ねた逢田さんだってピアノを間違えることもあれば、千歌と違い6回も成功させねばならない伊波さんは少しのふらつきで悔しい想いをせざるを得ない。
函館の地で演奏しなかったAwaken the powerに関して誰よりも不安に思う降幡さんは成功の瞬間安堵で泣いてしまうし、諏訪さんや高槻さんが喉の調子を悪くしてしまったこともある。

 

Aqoursが挑戦する最強の相手は、自身が演じるもうひとりの自分、向こうの世界のAqoursである。


我々はそこにドラマ性を見出し、やれシンクロだやれ再現率だやれエモいだと騒ぎ立てる(勿論それは観客として真っ当な受け取り方で、そう感動することこそが客の本懐である)が、キャストにしてみればたまったものではないはずである。

以前μ'sのラジオか生放送で誰かがふと漏らした「新しいPVを観ると、かわいいとかすごいとかの前に『これをやるんだ』って気持ちが先行して身構えてしまう」という言葉が今でも印象的で、きっとその気持ちはAqoursキャストであっても変わらないと思う。

誤解を恐れず言うのであれば、そのプレッシャーはAqoursの方が大きいものになっているであろう。

 

それを負担の押しつけだとか酷使だと言うつもりは全く無く、感情を消費する我々の観点からで言えば、「だからこそ感動が強い」とすら言うことができてしまう。

 

そんな我々の期待なんかも含めて、彼女たちが"挑戦"するのは「Aqours」そのものなのだ。

 

始動直後のこちらのAqoursはμ's全盛期のスタートだったため注目度も今ほどではなく、やはり苦しい想いをたくさんしてきたように感じる。辛辣な言葉を投げかけられるようなこともあっただろう。
初のステージのパフォーマンスも、お世辞にも揃っているとは言えず息も切れぎれ、音程もかなり厳しかったし、笑顔もキープできていなかった。勿論常人のレベルで考えるといきなり3曲をあのレベルまで完成させてきたことは驚嘆に値するが、「今にして思えば」という卑怯な前置きで今の時間の私が語ることはどうか許して欲しい。

 

アニメ1期世界のAqoursは結成後体育館ステージを埋め、地元沼津のアピールに成功し、9人になってからは予備予選を突破後地区予選までコマを進め、10人目となる浦女全校生徒のバックアップを得た。
それに対し現実のAqoursは初の大舞台、観客がまだ品定めのような目線で彼女たちを観るような場面もきっと多く、向こうのAqoursに追いつこうと必死だったように思う。

 

対して2ndやファンミでは、一度勢いのついたこちらのAqoursが味方を増やし、どんどん前へ進んでいく足がかりとなったような印象を受け、実際に彼女たちは彼女たちだけの輝きを身に着けていったように思う。アニメ世界では現在のところ表現されていないデュオトリオやユニットといった編成は、どちらかと言えばこちらのAqoursの武器だ。

 

そして迎えたアニメ2期。一度予選敗退から廃校決定というダウン調のストーリー展開は、そうしてつけられたこちら側のAqoursとの差を暗に示していたようにも感じられる。
しかし彼女たちは負けずに進み続け、それぞれの輝きを再認識し、眠っていた力を喚び起こし、ついにはドームでのラブライブ本戦、全国大会優勝という結果を残した。

 

3rdライブ、向こうのAqoursの残した実績はこちらのAqoursに重くのしかかり、超えるべきハードルは相当なものであったと思う。
散々心配はされたが、伊波さんのバク転をはじめ、11人揃ってのパフォーマンスとなるAwaken the powerの成功やソロ楽曲ステージの存在など再びこちらのAqoursは向こうのAqoursの背中を捉えるまでに成長を遂げた。

 

ここからユニットファンミを経て、次に挑むはドームの舞台。

そうして初めて、現段階でのAqoursAqoursの足並みが揃うのだろうなと、そう感じる。

 

時系列順に彼女たちの軌跡を追うと、常にAqoursAqoursが切磋琢磨しそれぞれがそれぞれの頑張りに追いつこうと、追い越そうと走り続けているのだと思う。

それはまさしく、Aqoursの挑戦であり、Aqoursからの挑戦と言えるのだ。

 

 

●急がないと置いてくよ

そんな挑戦し続けるAqoursと、挑発的なAqoursを踏まえて「ホップ・ステップ・ワーイ!」の歌詞を見てみると、また少し違った意味合いが見えてくる。

一般的には「僕ら」をAqours、「君」を我々ファンとして捉えてAqoursが我々を次のステージへいざなう曲として見るのが妥当だとは思う。

が、その両方を「Aqours」で置き換えた時に私は、向こうの9人とこちらの9人とがお互いを高めあい、それぞれのステージへを引き上げる、手を引く歌のように思えてならないのである。

 

一緒ならできる
なんでも そう思ってるよ
だってほら ここにいるってさ
そういうことさ

キャストがよく表現する「キャラと一緒に」という言葉は、演じ方のスタンスがどういう形であれキャラを自分なりの形で具現化し、共に生きることを言っているのだと思うし、声優という職業の一番の魅力はそこにあると考えている。

 

だからかなったユメの先は
新しいユメ 探しに行こう
君の目が Ah... ときめきを待ってる
もちろん僕らも だよ

かなったユメ、叶えられた夢はこちらのAqoursにとっての次の目標となり、叶えるべき新しい夢となる。向こうのAqoursが先行する形が多いので、その1歩進んだ先でこちらを振り返り、少しだけ待っていてくれる……そんな関係性を感じるフレーズ。

 

さあおいで さあおいで
急がないと 置いていくよ
楽しい世界への旅だよ わーい!

そしてサビ。「急がないと置いていかれる」のはきっとどちらのAqoursも一緒で、これまで駆け抜けてきたスピードを考えると本当に一瞬たりとも気が抜けないのだろうなと、そう感じる。でも、だからこそ彼女たちは常に新しい、見たことない夢を追いかけて走り続けることができるのだろう。

 

みんなおいで さあおいで
集まれば元気な 僕らのパワーと
君のハートで 明日へ 向かおう

このフレーズが1番好き。「集まれば」と言われるようにいつか来るAqoursAqoursが立ち並ぶ瞬間に、彼女たち18人の力が一緒に表現される時にどんなものが観られるのか、楽しみで仕方がない。
「僕らのパワー」は作品やコンテンツの持つエネルギー。キャラクターである千歌たちの魅力やもっと大きな「楽しい」という力そのもの
「君のハート」はそんなキャラに心を宿らせ、輝きを生み出すキャストたちの気高い精神性

この両者のチカラで「明日へ向かう」。まさにラブライブ!というコンテンツの今後、といった言葉であるように感じるのだ。

2番以降も似たような解釈ができると思うので、興味を持った人はそんな視点で読み込んでみて欲しい。

 

 

●声のかぎり 呼んでみるよ

同じ観点から、「Thank you, FRIENDS!!」を聴いていると、これはもうAqoursからAqoursへの言葉」にしか聞こえなくなってしまった。

解釈、感じ方は人それぞれだし、それを否定する気持ちは全く無いが、ここで唄われる「FRIENDS」が我々であるようには私は思えない。

これはc/wの「No.10」が明確に我々(10人目)に向けた曲であることとも関連していて、そうであるなら尚更こちらの曲では10人目のことは気にしないものなのかなあと、そういう部分でバランスを取りたくなってしまう。

解説記事のつもりではないので、こちらは歌詞を引っ張り出して「ここがこう」と逐一説明するのも蛇足だろう。私はこの曲を聴いて、そう感じるんだというところだけに留めておこうと思う。

 

でもやはり、そう誤魔化してみてもこの曲の本質からは逃げられないように思う。

 

以前μ'sの記事でも書いたが、どうにもこの、プロジェクト終盤の卒業や終わりが見え隠れする感傷的な楽曲は好きになれない。
単に盛り上がる曲が好みという嗜好性もあるのだが、畳み掛けるような感動を「ほら泣いていいよ、寂しいよね、泣けるよね」と捲し立てられる感じがどうにも慣れないのだ。(ある種の被害妄想かもしれないが)

そもそも4thがファイナルライブではない(だろう)し、劇場版もあるのでこの気持ちは記事の冒頭で「払拭された」と言及したそれを同じではあるのだが、かといってこの曲の歌詞から感じる別れの予感からは逃げられない。

 

何かが在り続けるのであれば、その終わりは感じない。
死がいつか来るから永遠の命なんてものを求めるように、「永遠って言葉が 出てきたよ不思議と」という感情には、そこにいつか必ず来る「終わり」が感じられてしまったからなのだと思う。

ドームが終わって、ファンミーティングが終わって、劇場版が終わって……その頃の世界でAqoursがどういった存在になっているか想像はつかないが、そこからあと5年間活動します!ということは無いように思う。1年なのか2年なのか、もっと短いのかは判らないが、確実に見えてきている「終わり」の瞬間に対して、私はただ「寂しい」という感情に流されるだけではなく、そこも含めて今度は全力で「楽しむ」ためにAqoursへ向き合わねばならないのかな、と。

 

それがきっと、Aqoursから私への挑戦

 

 

●9人9色の挑戦

Aqoursとして、という以外にも、3rdではキャストそれぞれがキャラクターと向き合う場面が存在した。それがソロ楽曲のステージである。

各メディアで言及されているように、ソロのステージは演出を含めたステージングをキャストに委ねられていた部分があり、各々がいろいろな感情・考えをその表現に持ち込んだのだと思う。そこから感じたキャストごとのキャラクター観のようなもの、演じるスタンスなんかをここで簡単にまとめられたらと思う。

 

そもそもAqours楽曲と違い、ソロ楽曲はキャラクターだけではなくキャストにとっても「オーダーメイド」の曲である。
歌詞だけではなく音域も、担当に合わせて各クリエイターが調整を行っているものであるはず。
何故ならば歌うのは画面の向こうのキャラではなく、こちら側のキャストだから。その声帯を駆使して表現する歌の世界は、半分はキャラのものではあるが、もう半分はそのキャストのものである。

そういった点では、3rdライブの中でソロステージだけは、「こちらのAqours」寄りの、キャストを軸にしたステージであったとも考えられる。

 

  • 伊波杏樹~特別な輝きが欲しい!~
    先述したが、3rdライブにおいて伊波さんが行ったことは「千歌の再現」のレベルではない。
    同じ曲を2度使えない向こうの世界のラブライブ大会のルールもあり、千歌があの勝負をかけたのはきっと1度きりなのだろう。一発勝負と言うと博打感が強いが、一度成功すればOK、と考えるとリターンを考えた時に分の悪い賭けではないように感じる。
    一方伊波さんに関しては、実は要求されたものが「6連続成功」であった。
    あれだけドラマ性の強い演出で仮に失敗があった場合、肉体的なダメージもではあるがそれ以上に精神的にキツい。「できるかな?できる!」という歌詞が直後に歌えるか?と考えると想像するだけで胃に悪い。当事者としては大変なプレッシャーであるだろう。
    これも先述したが、それが負担だとか問題あるというようには思っていない。結果だけ見て、彼女はやり遂げたし、そうなると信じていた。
    直後に彼女の発した「千歌、跳んだぞー!」の叫びは、伊波杏樹として千歌へ届けたメッセージだったのかもしれない。

    少々前置きが長くなったが、そんな彼女の向き合い方は「千歌と自分を完全に分離し、千歌へもうひとりの千歌として自分の輝きを届ける」スタンスのように感じる。
    ソロ曲「One More Suhshine Story」は、千歌の「Story」とは違う、もうひとりの千歌としての、伊波杏樹の「Sunshine Story」を「One More」として伝えているように思う。
    彼女が生きる役者としての舞台や、そういった人々の共通の夢とも言えるブロードウェイの景色。
    それをあの日ステージ上で表現していた彼女は、私にはもうひとりの主人公のように感じられて誇らしかったのを覚えている。


  • 高槻かなこ~晴れるよ 胸の空は~
    彼女は本当に歌が巧い。特にここ数年で身に着けた技術は相当なものだと思うし、日本語の細かい発音や聞き取りやすい子音処理なんかは日本の他の声優やアーティストと比べてもトップレベルの明瞭さであるように感じる。
    それも全部、彼女が花丸へと自身を寄せる努力に他ならない。
    1stで語った、花丸との乖離で悩んでいたことや、そこから1歩踏み出せたことを経て、確かにそこからの伸び方がすごかったように思う。
    HAPPY PARTY TRAINの花丸ソロで特に上手いと感じたtとsの子音処理はソロ曲である「おやすみなさん!」にも多用されており、テキストとサウンド両方から彼女の歌の巧さをお仕上げているように感じられた。

    「きっと花丸ちゃんもそう思うから」とステージを降り、トロッコで客席へと向かう選択をした彼女のスタンスは「キャラと一緒に成長し、共に歩む」スタイルであるように思える。

  • 小林愛香~私とあなたとワタシなら~
    彼女は本当に歌が上手い。発声技術や音量・音程コントロール等純粋な歌唱技術がハイレベルにある。あの細い身体のどこにそんなエネルギーがあるのか疑問であるが、安定感が抜群でパフォーマンス力も高い。
    歌声は本来、立った状態が1番出しやすい。横隔膜の上下で肺の空気圧をコントロールし、それを声帯で加工して音とする「歌」の場合、下半身の内蔵が自由に上下できる状態でなければ本当の力を出すことができない。
    ところが彼女は最初、あの激しい「in this unstable world」を座ったまま歌い上げたのである。あの細い身体のどこにそんなエネルギーが……。

    そしてそこまでの技術を持ち合わせながら、彼女のスタンスはヨハネの1番のファン」。公言していることなのでほぼ間違いないのであろうが、善子が、堕天使ヨハネがこの世界で羽根を広げるために、自身が手を貸すような気概を感じる。
    まさに「私とあなたとワタシ」という3者が手を取り合う世界観そのまま、である。

  • 逢田梨香子~一人で向かう鍵盤だけど~
    ソロ楽曲の中で群を抜いてキャスト寄りだと感じたのは梨子ソロの「Pianoforte Monologue」だった。
    衣装が。手首のシュシュが。登場時の腕を伸ばし、何かを掴むために掌を広げるポーズが。
    あの日の第2楽章。それが逢田梨香子さんの「Pianoforte Monologue」
    梨子やAqoursが、逢田さんへと贈るメロディ。それ以上の説明は不要かと思う。

    彼女が演じるスタンスは「梨子に寄り添うことで彼女が力を貸してくれる」ような感じ。自分が演じることを主に置きつつ、寄り添ったキャラが自分にはない力で引っ張っていってくれるのに任せるような、一種のトランスを感じる。


  • 斉藤朱夏~大事なのは「好き」がある毎日です!~
    最年少のムードメーカー、彼女の可能性は正直計り知れない。
    歌を歌うのは体力勝負で、基本的には膂力で生み出す空気の流れが声帯で加工されるものであることは前述した通りで、高槻さんあたりは特に声帯での加工が、小林さんは全体的なコントロールが巧い、上手いと表現されるが、彼女はとにかく筋力で全てをもっていくタイプである。
    運動部から借りてきた助っ人がめっちゃ良い声とか、弱小合唱部にはよくあることだが、そのカラクリはこれである。
    要するに磨けば磨くほど光る原石。多分素の状態であれなんだから、本気でボイトレのみに集中していて分野の違う世界にいたら、また違ったところで彼女の名前を見ていたかもしれない。そんな子。
    ソロ曲「Beginner's Sailing」を私が観たのは大阪公演の2日目だったが、ド肝を抜かれた箇所が2つあった。

    まずは冒頭、舞台射出を行ったことである。
    これは私の完全な妄想ではあるが、ラブライブ!史上1番の「事故」はμ's4thのBiBiステージ、「Cutie Panther冒頭で舞台射出を行った際にPileさんのバランスが崩れ、着地に失敗したことであったと考えている。
    身体の2倍程度の高さまで打ち上げられるあの装置、実は結構危険で位置エネルギー的にも失敗時のリスクはバク転どころの騒ぎではない。
    実際、あれ以来舞台射出をラブライブ!の現場では見なかったように感じていて、スタッフ側にも封印を余儀なくされる傾向にあったのだと思う。
    それを打ち破り、数年ぶりに演出として取り入れた斉藤さん。スタッフ側も、彼女なら使いこなせる、と信頼できる身体バランス。そんな子。

    2つ目はCメロ「Sailing now まだわからないね」の部分。
    ここ、CD音源だと裏声で丁寧に処理しており、多分彼女の音域ギリギリの最高打点の高音なのだと思うのだが……あろうことか本番で、彼女はそのまま勢いと筋力で地声のまま張って唄い切った。多分本人も限界を超えていたし、他公演のステージでどうだったかを見ることができなかったので比較ができないのだが、秘めた可能性の片鱗、身体能力の暴力を垣間見た、鳥肌の立つ瞬間だった。

    そんな彼女のスタイルは、正直なところ掴み切れていない。声優としても「多くの可能性を秘めた原石」として、曜と様々な形で自分なりの輝き方を見つけていって欲しい。


  • 降幡愛~あと一歩 勇気ください~
    彼女のこれまでのスタイル、黒澤ルビィをステージ上に再現する」は、その時点で非常に完成度が高く「キャラクターになりきる」精度はメンバー中随一であると感じている。
    そのスタンスは素晴らしいものであるし、表現者として尊敬できる部分が多々あれど、降幡さん本人としての部分がルビィに隠れてしまい見えづらくなってしまうのが少しだけ物足りないと思っていた。
    しかし、彼女はそのさらに先を歩いていた。
    福岡でのMC内容のまた聞きであるので正確性には目を瞑って欲しいが、彼女が発した「ルビィが先に歩いていって、それに追いつかなきゃと思った」という感覚は、この記事で私が語ってきたAqoursからの挑戦」そのものに他ならない。
    自身にキャラを重ねてきたスタイルを貫く彼女が、投影したキャラクターが自分を超えて先を行く感覚を経験しているのは次のステージへの進化であると思うし、そんな感覚を身に着けた彼女の4thライブでのパフォーマンスは本当に楽しみで仕方がない。

    ソロ曲「RED GEM WINKはそんな彼女ならではの、「ルビィの完全コピー」。
    観客席の我々に向けて手を振る際に漏れ出た無邪気な笑い声は、アイドルへのあこがれを胸に抱き続けるルビィの心そのものだったと思うし、その歌声は我々のよく知る黒澤ルビィだった。
    そういった点でも、彼女はまた違ったウマさを持った人物であると感じている。
    いつか進化の先で、降幡さんとルビィの並び立つ姿が見られたら……なんて期待が少しだけ。


  • 小宮有紗~私と似てるから惹かれるの 戻れなくなるの~
    黒澤姉妹でのソロ曲の対比、リンク感を以前試聴動画が出た時に当ブログでまとめたが、その解釈が概ね演出者(後に演者)と一致していたのだと確信を持てたステージ。
    吹きすさぶ雪、冬のイメージと孤独な恋心、隠しきれない情熱……。そういった「WHITE FIRST LOVE」に込められたメッセージをもれなく網羅してくれたステージだったように感じる。

    彼女の演技スタイルについては、その感想記事でも一度触れているため引用で引っ張ってくることにする。

     

     私は以前、小宮さんの歌い方についてこのように印象を述べていました。

    これについては今も変わらずそう思っていて、彼女が女優であるが故に、1人の人物を演じるにあたって本気で役と向き合っている結果だと思うのですが、この2種類のニュアンスの違い、伝わるでしょうか。

    前者は一般的な声優さんのアプローチで、これも十分にすごいことなのですが、「歌声」って「地声」と結構違うものだと思うんですよね。

    普段低めの声の人が、歌になるとキレイなハイトーンを張れたり、逆にキンキンの声質の人が歌う時にはしっとりした響きを持たせられたりと、「人物の地声」と「歌声」は関係しながらも少しだけ別のものである、というのが私の持論です。

    彼女は、黒澤ダイヤという人物を自身の中に吸収することで、黒澤ダイヤとして歌う」に留まらず、「歌う黒澤ダイヤの声」を「演じる」ことができるようになっているのではないか、と私は考えています。

    これは自身にルビィを投影し再現する、といった降幡さんとは真逆の方法(当然ながら降幡さんはその純度が桁違いに高いので彼女も本当にすごいです)、どちらかというと彼女にしかできない手法であるように感じているのですが、やはりそこは女優としての彼女の役との向き合い方からくるものだと思います。

    このアプローチが以前は歌そのものに慣れていなかったことも含めなかなかダイヤと噛み合わず、表現力が十分に発揮できない状態だったのではないかと思うのです。

    そして今、スキルアップと共にダイヤへの理解も深まり、いよいよその芽が花開こうとしている、そんなタイミングなのだと感じました。

    以上、だいぶダラダラと持論を語りましたが、小宮有紗さんが他の声優さんとは一線を画す方法で、素晴らしい伸び幅でもってダイヤのソロを歌いこなしてくれている、非常にレベルの高いことをしているのだということが伝われば私は満足です……!

    小宮さんのインタビューで「最初はダイヤが自分と似ているからダイヤ役を希望していなかった」と言っていたのを見たことがある。
    役者として役と向き合う際に、彼女が演じることを想像する時、似ている人物が相手だと逆に難しかったり、自分に引っ張られすぎたりするのかもしれない、と拙い想像をするのだが、そんな心情はこの曲の2番サビ歌詞

    あなたの目がきっといけないんでしょう
    孤独な光が
    私と似てるから惹かれるの
    戻れなくなるの

    といったところにも現れているのかもしれない。


  • 鈴木愛奈~歩き出したら もう一度夢見よう~
    彼女が言うまでもなく歌が上手く、本当に巧いことは説明の必要がないかとは思う。これまで高槻さん、小林さん、斉藤さんの部分で触れた上手さ、小宮さんのところで触れている「キャラの歌声」を再現する力、雑に言えばその全てを兼ね備えた最強の存在が彼女である、と私は信じて疑わない。
    何よりも声帯が強い。鞠莉の「シャイニー☆」に代表されるハイトーンボイスにしても、彼女はそれは難なく発してケタケタと笑う。なんかよくわからないイルカみたいな音波も出る。天性の伸びの良い声帯に、長年の練習に裏打ちされたテクニックが乗るのだから、そりゃ上手い。

    そんな彼女の演出した「New winding roadのソロステージは、小原鞠莉役の声優として、という世界観を超越して、あの瞬間だけは鈴木愛奈さんのコンサート会場であったように思える。
    マイク1本で会場全体を捻じ伏せた歌唱力と、背景に歌詞テロップが入る画面はTV番組の歌謡ショーのようで、そこにはまさに彼女の望んだ夢の一端が表現されていたのだろうなあ、と胸が熱くなった。
    特にラスサビ前の無音部分、本当にあの瞬間は真の静寂が空間を支配していて、それが全部彼女の歌声によって演出されたものであることを肌で感じて、鳥肌と涙が止まらなかった。何度も胸を抉られ、冷静に立っていられないようなエネルギーを「歌」で直接叩き込んできた彼女の力は途方もないものだったのだと今でも鮮明に思い出せる。

    鈴木さんの演技スタイルも本人とキャラがハッキリと独立した「別々の景色を見て、並び立つ」スタイルであるように感じる。その中で共通するもの、違うものをそれぞれ表現しながら、一緒に歩んでいくのが今の彼女達なのかな、と。

    余談ではあるが……ラブライブ!を通じて、新たな夢やこれまで持っていた夢へ羽撃く機会を得られること。これは本当に素晴らしいことだと思っているし、私はそれを私利私欲であるとか作品を踏み台にしている等と断ずる感性が信じられない。
    キャストがキャストとして夢に踏み出すことができる、そんな舞台が多くの現場の多くの声優たちに開かれていることを切に望む。


  • 諏訪ななか~人にまた 戻りながら~
    「ステージ上の私は果南だから」という彼女の言葉も強烈に印象づいていて、降幡さんとはまた違う、どちらかというと諏訪さんは憑依型の演技スタンスなのかなと感じている。
    果南に身体を貸す。果南が諏訪ななかの身体を動かす。曲が終わって、自分に戻ると改めて諏訪ななかとしてMCやコメントをする。

    「さかなかなんだか?」の冒頭で入るラジオのスイッチは、彼女に果南が降りてくる前触れなのかもしれない、と思ったところで、それでもなおステージ演出を考えたのは彼女である、と想いを馳せた。
    2期でだいぶイメージが変わったが、松浦果南という人物はどちらかというと冷静沈着、クールでサバサバした姐御、といったイメージを抱かれていたと思う。
    そこに諏訪さんが演出してきたのは、ファンシーでガーリーな海のステージ。あれは彼女の趣味もあるとは思うのだが、それだけじゃなく果南の持つ乙女でかわいいイメージをどうにか解ってもらいたいと、演じている最中は果南にしかなれない彼女の、盤外からのメッセージだったのではないかなと感じている。
    曲のラスト、

    私はおさかな
    そんな気持ちのまま
    ゆっくり目を開けて 足もつけて
    立ち上がる 人にまた 戻りながら
    でも心は 軽くなってた

    ここで「人に戻る」のは誰なのだろう。

以上9人分、ソロステージとそれぞれの演技スタンスについて、これまでのステージや3rdライブを観て私が感じた諸々の感情や感想をまとめてみた。

やはり共通する意識は「挑戦」であるように感じられる。これまでの自分やキャラクター観から1歩踏み出し、次の段階へコマを進める。そういった意識が感じられる、エネルギー溢れるステージで、しかも終演後にキャストの口から「演出は自分たちで考えた」という言葉まで出てきている。
これほどまでに恵まれた環境で表現するキャスト自身と、キャラクターについて、ソロステージに込められたメッセージの濃さはここだけで語るには余りある内容だったのではないだろうか。

 

 

Aqoursのこれから

以上ここまで、まずは長々とした思考の垂れ流しにお付き合い頂いた皆様には深い感謝を述べさせて頂く。

私が今のAqoursに感じている「新たな挑戦」の気概、そして、向こうのAqoursに感じている、「ここまでおいで」と挑戦を待つ、余裕の笑顔。

こちらのAqoursはまだまだ挑戦者として、向こうのAqoursは挑戦を待つ者として、そういった意味での「Aqoursの挑戦、Aqoursからの挑戦」という趣旨で考えをまとめてみた。

 

これから4thライブとユニットファンミ中盤戦、劇場版からのファンミ後半戦。
そしてその先のプロジェクトの展開はどうなるのか。

 

まだまだ先が長いであろう、プロジェクトラブライブ!サンシャイン!!について、今私が抱く気持ちは、とにかくキャストが伸び伸びと様々なことに挑戦してくれると嬉しいなあということである。

もう3年が経過し、キャストもキャラクターもある程度の成熟を見せているこの段階で、それでもAqoursは常に新しいことに挑戦を続け、我々の想像を何倍も超越してくるような、そんな世界を見せてくれると信頼しかない。

 

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最後に、これから臨む4thライブのキービジュアルについて。

 

劇中では富士山が度々「頂点」「未だ届かない頂き」の比喩として表現されてきたが、このキービジュアルはそこから飛び出し、その更に上……つまり、ラブライブ優勝のパフォーマンスで「雲の上のような景色」を見た向こうのAqoursの、さらに上を行くぞという「Aqours」の決意の現れなのではないかと私は感じている。

 

これまでも、これからも、「見たことない夢の軌道 追いかけて」、私自身も10人目に恥じない気持ちで彼女たちを追いかけて行こうと思う。

5分間の輝きに魅せられて

皆様こんばんは。十六夜まよです。

 

今回はいつもとは少し趣向を変えて、ライブ現場の必需品とも言えるペンライトの話をしようと思います。

……とは言え、ラブライブレード等に代表される最近主流の電池式ペンライトではなく、高輝度タイプのケミカルライト……所謂UOについてのちょっとした小話です。

 

(7/29追記

コメントで指摘があったので補足します。私本人のスタンスとして

「提示されるレギュレーションは遵守する」

ことはオタクとしてライブに参加する上での最優先事項としております。

注意書き等には必ず目を通しますし、マナーの話等もTwitter上で頻繁に行っています。

 

例えばAqoursのライブでは「著しくまぶしい高輝度タイプの大閃光やウルトラオレンジ等」の「使用を控えるお願い」がされており、過去様々な事由により、運営がそう判断し注意書きを出しているのであればそれには必ず従おうという考えでいます。

実際、Aqoursのライブにおいては禁止されている高輝度タイプのケミカルライトは使用せずグッズのブレードオンリーで参戦しています。

普段ラブライブ!サンシャイン!!について言及しているこの記事において多少の例外となりますが、この記事においてはAqoursのライブでの話を想定しておりません

本文中でも触れますが、主にこの夏行われるAnimero Summer Live2018のことを念頭に置いています、ということを最初に明記させて頂きます。

 

 

●そもそもUOとは

UOウルトラオレンジ、という認識は大体オタクの中で共通のものであるとは思いますが、そもそもウルトラオレンジ」が商品名なのはご存知でしょうか。

アメリカのケミカルライト企業「オムニグロー」が生産し、日本オムニグロー社から販売されていた高輝度タイプのオレンジ色のケミカルライトが「ウルトラオレンジ」という名称で、これが当時とにかく最高に光る!ということで注目を集め、ペンライトと言えばUO、という風潮が出来上がったわけです。

が、この日本オムニグロー社はキンブレ革命*1を境に倒産してしまっています。

つまり、本当の意味での「UO」を手に入れるのは現在困難だったりするんですね。

ただ、現在は高輝度のオレンジ色使い捨てケミカルライトが総じてそう呼ばれており、別に「これは今までのオムニグロー社の努力と、オタクたちの善意があっての通称ですわ!勘違いしないように!」とか言いたいわけではありません。UOって呼べば良いと思いますし、この記事でもそれらを総称して「UO」と表記します。

 

 

UO=厄介???

まあそんなUOですが、昨今のライブ現場では結構厄介者扱いですよね。

Aqours現場でもハッキリと「著しくまぶしい高輝度タイプの大閃光やウルトラオレンジ等」は使用を控えるよう名指しで注意書きに書かれてしまっていますし、実際ライブ後の感想等で「隣の奴がUO焚いてて眩しかった」「光害氏ね」「アリーナでUOぐるぐるしてたやついた」「光害は○んでくれ」等々……すっかり嫌われ者です。

勿論ルールでそう伝えられている以上、それを守るのがマナーですし、それを守れない人間がどう言われようと私が心を痛めることはないので関係ありません。

ただ、例えば今年も開催されるAnimero Summer Live、通称アニサマ等フェス系イベントでは特に制限はかかっていないため、使用される例はまだまだあると思います。

実のところ、そういう現場で焚かれるUOについてまで「厄介だ」と思われてしまうのは、少しだけ寂しいなというのが本心で、この記事を書こうと思ったきっかけでもあります。

 

私のフォロワーさんの中には20台前半の方も多くいて、例えばAqours以外の現場に行ったことが無いとかで「UOを折ったことがない」という人も散見されました。「何故そこまで折りたがるのか」という意見もちらちらと見ております。

そういう人にUOは怖くないよ、楽しいものなんだよ!」と伝えたいなあと思ったのもきっかけの一つです。

 

※一応明記しておきますが、ルールで制限がない場合の話であり、前述の通り使用を控えるよう伝えられているAqoursの現場等での使用を推奨する記事ではありません
ルールやマナーはしっかり守り、周囲への配慮を忘れず、愛と思い遣りを持って、皆が楽しめるライブ体験にしましょうね。

 

 

●何がそこまで楽しいものなのか

皆様が「特別」を感じる瞬間はどういう時でしょうか。

例えば長いテスト期間が終わり、夏休みに入った時。

例えば暑い日の仕事が終わった金曜日、明日から週末だという時。

そんな日に、「少し贅沢しよう」とか「景気づけに1杯飲もう」とか「豪華なディナーをしよう」とか考えることはありませんか?

 

はたまた、気合いを入れるために「特別」な行動で自分を奮い立たせることはありませんか?

例えば徹夜で何かをする時。

例えば少し嫌な取引相手と商談をしに行く時。

そんな時にエナジードリンク*2で強制的に身体を起こしたり、奮発したランチを食べて幸福度を高めておいたり。

実際はカフェイン等の効能よりも、「エナジードリンクを飲んだ」というプラシーボが仕事をしているのだという説もあるようですが、そういった「精神的なブースト」というのは大切な要素だと思います。

 

とにかく、「普段とは少し違う」瞬間に「特別な行動」をすることで人間の脳は満足したり、これから起こる出来事に対しての準備をしようとするのでしょう。

そして、そのどれもが大抵の場合「普段よりもコストがかかる」という部分にも注目して下さい。

 

●贅沢=気持ち良い?

前述した例で、大抵の場合「余分なコスト」がかかっていると説明しました。

贅沢をする時にどうやら人間の脳は何らかの幸福物質を出し、それによって楽しい出来事をさらに楽しんだり、逆に辛いことを軽減したり、そういう動きをしているのだと思うんですよね。

私はよく、ストレスを感じると「良いもの」を飲食します。

発泡酒じゃなくてビールにしたり、焼き鳥と牛丼とカツサンドの肉3種フルコースを用意したり、スープカレーの辛さをいつもの倍にしたり、ブランドモノのお高いアイスを用意したり……そういう程度のささやかな贅沢ですが、確実に幸せになれます。

 

ちょっと別の話で、「ソシャゲのガチャが楽しい」という経験はありませんか?

3000円の課金が数秒でデータに変わる。結果はどうあれ、その一瞬のドキドキに身を委ねるその感覚そのものが楽しい……といった危険な感情を持ってしまう人もたまにいますよね。

あれは究極の贅沢だと思いますし、だからこそなんらかの幸福をもたらす何かがドバっと脳内に出て、最高に気持ちよくなれるのかな、と考えています。

 

そう、贅沢=無駄遣いはキモチイイのです。

 

 

●時給1200円の輝き

なんかよくわからないエセ脳科学みたいな話になりましたが、話をUOに戻します。

1本100円、効果時間は5分間と雑に見積もり、あの輝きは時給1200円です。

それが高いと考えるか安いと考えるかは人それぞれですが、眩しく光る、それだけのためにかける金額としては贅沢な部類に入ると思います。

ましてや今日では1度購入すれば電池交換で何度も使えるペンライトが普及しており、それがスタンダードとなっていますので、そういう意味でも使い捨てのケミカルライトは贅沢品だと言えるでしょう。

つまり、UOを折るのは贅沢な行動であり、それをすると脳が「キモチイイ」と認識する(のかもしれない)のだと私は考えます。

 

 

 

●特別な時間を贅沢に

そして、「特別な時間」の話です。

前述した記念日だったり週末だったり、そういった特別な日の高揚感を、ライブ中に置き換えるとどうなるでしょうか。

「推し曲がきた」

「高まる落ちサビが来た」

「推しがソロを歌っている」

「なんか楽しい」

等々……こういった「特別な瞬間」に「贅沢な行動」を合わせることで脳内の幸福度はさらにブーストされるのではないか、と私は考えます。エナジードリンクを飲んでなんとなくハイになる感じです。

 

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2年前の東京ドーム、μ'sfinalの「Snow halation」。

落ちサビ穂乃果ソロの所謂「スノハレオレンジ」の瞬間には、あの場にいた約5万人が平均2本(=両手に1本ずつ)のUOを折っていたと仮定して、10万本が折られている計算になります。

めちゃくちゃ身も蓋もない言い方をすると、あれは1000万円の輝きなのです。究極の贅沢であり、それは究極にキモチイイ瞬間だったことでしょう……(ドーム不参加勢)

 

推し曲や落ちサビの気持ちが最高潮になる時、贅沢な輝きを燈し一心不乱に叫ぶ。

アニソンライブにおける「応援」の形として、一つの極致になっている行動であることは説明の余地はないかと思います。

 

 

●刹那性の価値・有限性の「輝き」

私が愛してやまないアニメである「ラブライブ!」シリーズでは、「スクールアイドルの有限性」がテーマとして大きく存在しています。

高校生活の限られた時間の中で精一杯のことをするからこそ、魅力的に輝くことができ、その瞬間を愛することができる。「Love Live!」なんですよね。

 

UOも同じだと思うんです。

一瞬の「特別」。

5分間という限られた時間の中で……

その曲が大好きで。

サビのフレーズが大好きで。

推しの歌声が大好きで。

歌詞の中身が大好きで。

(中略)*3

ライブが、大好きだったから。

 

自分の「好き」を最大限発散させるために、贅沢をぶつけて脳内物質をフルにブーストして感じる「楽しさ」の究極形。

それが「UOを折る」ということなのかなと思うのです。

 

 

最後にくどいようですが、ルールとマナーは守りましょうね。

使い終わったUOは、会場によって決められたゴミ箱か、もしくは自分のカバンへ。会場へ捨てていくなんて、あなたは最低です!

しっかりと握り、ぶっ飛ばすことの無いように。客同士で痛い思いをするのも勿論ダメですが、あろうことか演者に向かって投げられたために使用が禁止された例もあります。

眩しい光が視界を妨げることも、まああります。周囲の人に「使わないで」と声をかけられたら、素直に使わないのがお互いのためだと思います。

アニサマでは「ペンライト等は両手に1本ずつ、1人2本まで」と注意事項に明記されています。片手に複数持つバルログ等はスターダスト(=ぶっ飛ばし)のリスクも高まりますし、ダメと言われたことはしないようにしましょう。

 

けれど、それらを適切に守って使うUOは、忘れられないライブ体験を与えてくれることでしょう。

 

「特別な瞬間に、ちょっと特別な贅沢を」

 

そんなプレミアムな気持ちで折るUOを、この夏に挑戦してみる。

経験があるのであれば改めて「楽しい」と思って折ってみる。

それも一興かと、強く推させて頂きます。

 

それでは皆様、楽しい夏のイベントライフを。

 

 

 

 

以下茶番。

 

 

「オタクへ。まよです。

あのあとアニサマ運営とお財布と、3人だけで話し合いました。

キンブレが出たこと、UOが多くの人に嫌われて(?)いること

ラブライブのために自粛して欲しいと言われていること

少し寂しく思いました。

でも私の答えは変わりませんでした。

アニサマUOを折らないことはありません。

私はやっぱり、UOであることにこだわりたい。

私はUOが好き。

推し曲のために、高まる瞬間のために、同じオタクが、この数万人が集まり

光量を競い合って、そして手を取り合っていく

ウルトラオレンジの光が好き」

 

 

 

────彼女達は言いました。

「わたし達はUOが好き…落ちサビの為に光り、推しの為に光り

お互いが競い合いそして手を取り合っていく…

そんな限られた時間の中で精一杯輝こうとするウルトラオレンジが大好き!」

と。

 

今しかない、瞬間だから。

 

だから……

 

「輝きたい!!!」

*1:キンブレ等の電池式ペンライトの普及によって使い捨てのケミカルライト需要が一気に落ち込んだやつ

*2:魔剤!?

*3:9個思いつかなかった

熱い、熱いジャンプで!!!

皆様こんばんは。十六夜まよです。

 

いよいよ3日後に迫ったAqoursの3rdライブ埼玉公演。

その本番にかける意気込みがこれまで多くのブロガー達によって、大切な想いが紡がれてきました。

本日はわたくしから、いつもとは少し違った方向から「ライブ」についての提案をば。

 

※本記事は筆者の独自の考えを含み、またその内容について皆様に強要したり、統一して欲しいという意図は存在しません。

あくまでも私の考え方、取り組み方のご紹介であり、それを受けて皆様がどうするか、どう考えるかは全くの自由であることを保証致します。

……それでも、何かを感じ、少しでも面白い、と思ってくれたことがあるのならば、その時は是非一緒に。それしかないんだと決めて、熱い熱いジャンプを!

 

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