AQUARIUMと愛のうたをめぐる冒険

AQUARIUMと愛のうたをめぐる冒険

十六夜まよ(@daimarco16)がおんがくを考えるところです

いつか、その先へ~ママレード・バタフライ~

皆様こんばんは。十六夜まよです。

 

前回の記事からかなり時間が経過しており、すっかりラブライブロガーとしてのアイデンティティを失いつつありますが、本日さらに1本違う方向性の記事を書いてしまおうと思います。

まあ、既に私にとっての「LOVE LIVE DAYS」というものはコンテンツとしての「ラブライブ!」を超えて、一つ広がった世界を手に入れているので、そこはなんとなくご容赦を。

 

今回もスクールではないアイドルの記事です。

 

 

※記事中の引用歌詞については斜体と下線で表記を区別し、また、使用する画像および動画の権利は株式会社リーディに属するものとします。

 

 

🦋ママレードバタフライ

 

何はともあれ、まずはこのライブ動画を観て頂きたいです。

youtu.be

 

「SOL(ソル)」というアイドルグループのママレードバタフライ』という曲のライブ映像です。
楽しいですね……サビの振りコピをしていると世の中の憂鬱なことを全て忘れることができると私の中で話題です。変な脳内物質が出るのでオススメですよ。

 

さて、まずはSOLについてあまり詳しく知らないという方のために少しだけ彼女たちの紹介を。

SOLはリーディ所属で2019年2月デビュー、先月1周年を迎えた、5人のメンバーで活動するアイドルユニットです。

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©リーディ

左から順に、

英莉:何を隠そう私の推しです。英語も話せてお歌が上手いパーフェクトお姉さん。

こはる:自称ロリ担当。理想高きザ・アイドル。ブログの長文は必見です。

かすみ:顔面国宝クールビューティ。実は深刻なアニオタというギャップも魅力。

ゆうり:まんじばぶちゃん。感情が素直でまっすぐな子。大体何か食べてる。

雪季(ゆうき):歌唱・表現全てでステージを掌握するSOLの柱。ラーメンが恋人。

 

と、簡単に紹介するだけでも個性豊かでお顔もお強い5人が揃っている今注目度ナンバーワンのグループ、といっても過言ではない魅力的なユニットでございます。

この記事を読んでくれる人向けの情報としては、英莉・こはる・かすみはラブライバーなので特典会に行くとラブライブ!の話もできますよ。
英莉がことり、こはるはにこ、かすみは善子ダイヤさんがお好きだとか。(間違ってたらごめんなさい)

 

そんなSOL、キャッチフレーズは「シネマティックエンターテイメントクルー」

なんじゃそりゃって感じですが、"シネマティック"の名に恥じず、1曲1曲の雰囲気作りやセトリ全体の物語感の構成といった、「魅せるエンターテイメント」としてのライブ作りを強く意識している印象が強く、事実他のアイドルに比べて、その世界観が強固なものとなっているように感じます。

アイドルのライブを観ているというよりも、ステージ上で展開されるショートムービーを観ているような、そんなライブをする彼女たち。

もしかすると、ラブライブ!のライブのような、アニメの物語を3次元の世界で再現する2.5次元ライブを見慣れている皆さんだと、よりSOLのライブに引き込まれやすいのかもしれませんね。

 

色々難しい時期ではありますが、5/9にワンマンツアーのファイナルを控えております。興味のある方、チケット絶賛発売中なのでご一考頂ければと思います。

 

 また、直近だとメンバーのゆうりちゃんが先日3/14に誕生日を迎えたので、3/21には生誕ライブも行われます。お時間ある人は是非。

 

 

さて、『ママレードバタフライ』に話を戻しましょう。

ライブ映像を観て、この曲を聴いて、どんなイメージが浮かびましたか?

私は安直ながら「蝶」と、晴れの花畑……特に暖かな陽光の降り注ぐ「日溜まり」のような柔らかい明るさと、ぼんやりながらも力強い希望のようなものを感じたのを覚えています。

明るい曲調に楽しげな振り付け、最初に受ける印象としては多くの人がそういった雰囲気を味わうことができるのではないでしょうか?

 

 

🦋推しによる歌詞解釈講座

 

そんな中、我らが英莉さん(以下えりち)が今日、動画配信アプリの生放送で興味深い配信をしてくれました。

その名もズバリ、『えりちの勝手に歌詞解釈講座』(ママレードバタフライ編)という内容で、端的に言えば「ママレードバタフライの歌詞の解釈はこんな感じなんですよ」という雰囲気の紹介だったわけですが、この内容がとんでもなかった。

結果、私はこうして今筆を執ることになっているわけで、まあそれくらい強烈な中身だったので、その内容を受けて私が思ったことなども解釈として加えつつ、紹介し記録にしよう!というのがこの記事の主旨です。

 

限りなく公式に近い存在が、ある程度自由が許容されている「楽曲や歌詞の解釈・その意味」を説明することについてはオタク側としては意見の分かれるところなのかなあとは思います。

やはりある程度公式サイドの人物、この場合は演者本人や作詞・作曲者本人、振り付け師等のクリエイターがそれを語ることは「正解」と捉えられてしまいがちですし、他の解釈や感じ方を縛ることもあろうとは思うので、タブーに感じる人もいるかもしれません。

が、普段想像することしかできないステージ上の演者の想いや、曲にどういった感情を乗せてライブをしているか、といった気持ちの部分に関して、例えばMCで語られたり雑誌インタビューに載ったりする言葉を我々はその理解のひとつのピースとして受け取ることも多々ありますよね。

 

今回彼女が示してくれた解釈は、あくまでもその捉え方のひとつであり、メンバーがそういった理解の元でステージに立っている事実はあるものの、それが答えをひとつに決めるものではない、ということは前置きとして断っておきます。
事実、私も彼女の解釈とはまた違った観方をこの先の内容で語ったりもするので、まあそういうことです。

 

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©リーディ

大変ありがたいことにSOL公式が歌詞を素敵な画像にまとめて下さっているのでまずはこいつを引用させて頂きます。

さらっと目を通して頂けましたか?

では、まずは大きなキーワードから。

 

 

 

🦋ステージの向こうとこちらの想いを

 

ママレードバタフライは、アイドルとオタクの歌なんですよ」

 

彼女が最初に言い放った言葉は、そんな衝撃的な一言。

淡い恋慕や愛情といった感情が乗った歌詞で、割とぼんやりと、そういった恋を歌った曲なのかなあ等と捉えていた私にとって、この解釈が示されたことは本当に衝撃で、寝耳に水といった状態でした。

その瞬間からこの曲のあらゆる歌詞についてリアルタイムに解釈の再構築が展開され、しかも配信では頭から順番にえりちがその前提の元で歌詞を説明していく(生歌つき)……ということで、情報量過多で頭から煙出てきそうな時間でしたね。

 

まず冒頭Aメロから。

始まりは甘い夢のよう 魔法をかけて
こぼれ出す笑顔 溶けるほど あたたかい気持ちで

雪季の安定した歌いだしからこはるにバトンタッチで歌われるこのパート、まさに「出会い」という感じで、推しに・好きなアイドルに出逢ってしまったオタクの甘美な体験が表現されています。
ライブを観ているその瞬間、確かに我々は夢の中にいるようで、魔法をかけられたようで。

えりちがしっとりと歌い上げ、それをゆうりがきゅっと〆る後半部に関してもほぼ歌詞通りに解釈ができそうです。
「こぼれ出す笑顔」がステージ上のアイドルのものなのか、フロアのオタクのものなのかはどちらにも取れる、とえりちは言っていましたが、これはステージのこちらとあちらの相互作用で生まれるものだと思うので、双方のものと解釈して良さそうです。

当然、そこにあるのは「あたたかい」気持ち。

 

すかさずBメロ、

掌に落ちた ひとひらのカケラ
気付いた心が少し ああ 震えてるよ (ゆっくり ああ 高鳴るよ)

かすみがきりっと決めてくれる場面ですが、「掌のカケラ」は「撮影したチェキ」であるという解釈、結構なるほどと思ったんですよね。

アイドルとオタクの関係性において接触*1時の会話なんかはチェキと一緒に記憶されていることがかなり多くて、すぐに思い出せないようなことでもチェキを観ると鮮明に「あの時はこの会場でこんな話をしたよな……」と思い出せたりすることが多々あります。

そんな「掌サイズの思い出の欠片」ってまさしくチェキなので、冒頭の「アイドルとオタクの歌」という説明を聞いたときにはここの解釈がチェキであるという考えはかなりすんなりと自分の中に入ってきていました。

回数をどんなに重ねても、推しとの接触は舞い上がって緊張してしまうものです。

「心が震える」という表現がぴったり当て嵌まるように感じます。

 

 

🦋いつかその先へ

 

いよいよ1サビです。

綺麗に咲いた花だった 彩る春 飛び越えて
遠くへ 行っちゃうの? ママレードバタフライ
微かに感じた その体温 舞い上がる夢の中で
手と手繋いだまま
想い乗せて羽ばたけ いつかその先へ ママレードバタフライ

比喩表現として「蝶」がアイドル、「花」がオタクであることはほぼほぼ固まってくると思うので、ここからはそういった前提で解釈を進めます。

「綺麗に咲いた花」はアイドルとも取れますが、どちらかというとフロアでステージの光を浴びているオタク達の方がイメージが合いそうです。オタクはオタクなんですが、まあ「花」と表現することを許してください。

ファンとして応援する存在のため、暖かい気持ちを、声を、時にはペンライトの光を掲げるその姿は花に見えなくもないですし、そういった「彩り」を受けて、アイドルは成長し少しずつ大きなステージに立つようになっていきます。

春を飛び越えた先は夏、アイドルの勝負の季節。

「遠くへ行っちゃうの?」という問いは、少しずつ距離感が離れるアイドルへの、オタクの問いかけなのでしょうか。

 

アイドルが、所属グループの規模感が大きくなったときにオタクを忘れてしまうかどうかなんて話はたまに話題になりますが、私個人としてそれは「ない」話だと思っています。
当然アイドルも人間なので、時間の経過の中で付き合いの希薄な人のことは平等に記憶から追いやられてしまうとは思うのですが、それは我々も同じことで。例えば初期の頃から応援しているファンだったり、距離の近い時期にたくさん通っていた人なんかはちゃんと覚えてくれているものだと思うし、そういう経験があるからこそアイドル側もモチベーションを保てるものだと、今の僕は自信を持ってそう言えるので、個人的にはこの「遠くへ行っちゃうの?」という心配?に関しては愚問というか取り越し苦労だとは感じるのですが、避けては通れない問題ではあると思うので、そういう感情が存在することは事実として認識したいなとは思います。

 

ですが、であるならば、やっぱり私は羽撃いていくその背中を見守るだけではなくて、一緒に翔んでいける存在でありたい。

「舞い上がる夢」は2通りの解釈ができると思っていて、「上にいきたい」というアイドル(とファン)の想い=夢と、接触のときの浮かされたオタクの心境=夢のような体験、との両方の意味合いがあると考えています。
短い接触時間の中で微かにでも体温を感じるくらいの距離で話し、触れ合い、思い出を作ったそんな存在と、手を取り合って共に上のステージへ進みたいという願い。

これはアイドルとオタク、共通していると言える願いなのではないでしょうか。

「いつかその先へ」という上昇志向で前向きな言葉に込められたエネルギーはとてつもなく感じます。

背を向けて、先(ステージ奥)へと遠のいていく振り付けもそれを表現しているように思えますね。

 

 

🦋オタク病み期~暗黒の2番~

 

2番からはちょっと毛色が変わります。

私のアイドルとの関わり方によるところもあるのですが、個人的にはあまり「病む」という感情がなくて、基本的には"陽"の感情を受け取って応援しているオタクなのでこのあたりは結構想像によるものが大きいです、念のため。

 

2番Aメロですが、

透明な風が 切れた糸 紡いでくれるから
出せない答えを 隠すように 空が滲んでく

このあたりはかなり抽象的な表現が多くて、ストレートだった1番に比べて解釈が難しそうなところではあります。

「遠くへ行ってしまった」アイドルを想い、少しだけ切なくなる気持ちが「切れた糸」と表現されているのでしょうか。それを紡ぐ「透明な風」はアイドルの奏でる音楽だったりするのかなあと私は解釈しています。

目には見えない、だけど一定の方向性と力を持って動いている「風」が、アイドルを上へ押し上げつつも、オタクとの間に常に関係性を繋ぐモノとして存在し続けていて……これは私の理想ですが、やっぱりアイドルとオタクってライブで一番繋がるものだと思っているので、ステージに立ち演奏を続けてくれることが我々の一番のコミュニケーションの方法なのかな、なんて考えたりしています。

ですが、この物語のオタクは迷います。答えが出せず、迷いを抱え、そうして空が滲んでいく。

後述しますが、この「空が滲んでく」は心情的な気持ちの曇りと、物理的に涙で景色が滲んでいる状態と、さらに気象的に実際に空に雲が増えてきている様子全てを表しているように感じます。あくまでもイメージではありますが、1番での「陽光」のイメージが徐々に曇っていく歌詞となるようです。

 

Bメロに入り、

切なさが運ぶ 凍えそうな夜に
手を差し伸べてみるけど ああ 届くのかな? (この手は ああ 届くかな?)

病み期クライマックスって感じですね。夜なので陽は出ておらず、空が滲んだ=雨が降っている影響で気温も低いです。

そんな孤独な夜、自問を繰り返しながら虚空に伸ばす手。多分このオタクは部屋に一人とかって状態なので、その手を握り返す相手は残念ながらいません。
だけど、仕方ないのです。ただ考えて悩むだけ悩んで部屋にいても、そこには絶対に想う相手はいない。それがアイドルのオタクだと思うんですよね。

 

ちなみに、1番もなのですがコーラス部分が音源上かなり判りづらい形で歌われていて、歌詞を改めて読んで括弧の表記に気付いて初めて認識できたので改めてよく聴いてみることをオススメします。かなり伴奏的に入ってるのでしばらく気づけませんでした。

 

2番サビです。

淡く霞んだ 雨だった 胸を焦がす 太陽が
静かに包み込む ママレードバタフライ
本当はね ただ 言えなくて 世界で一人だけだから
点と点 繋いだまま 想い乗せて羽ばたけ いつかその先へ

霞むのはオタクの視界の比喩表現でしょうか。いまいち方向性が見出だせず、ぼんやりとした暗雲の中を歩くような感覚。Aメロで滲んだ空がこれに対応していますね。

ですが、その中でついに、推しの姿を観て、感動し夢中に追いかけていた頃の情熱が胸を焦がして、そういった想いを改めて自覚することで何か大切な気持ちが再び感情を包んでいくような、徐々にオタクが光を取り戻すのが2番サビなのかなと感じます。かなり物語ができている……起承転結の転くらいです。

「世界で一人だけ」という感情、オタクに取ってもアイドルに取っても、なかなか口に出すのが難しい言葉だろうなあと思います。オタク側はきちんとその人ひとりだけ、が貫ける人もいるかもしれないですが、そういかない場合も多々あるでしょうし、アイドルだって立場上誰かだけを特別扱いすることはできない。

けれど、その関わりの中で確実に「個人と個人」の繋がりが生まれているのは確かで、それはきっとアイドルとオタクという記号的な関係性ではなくて、「点と点」で表現される1対1のコミュニケーションなのだと思います。

1番サビの「手と手 繋いだまま」に対して2番が「点と点 繋いだまま」となっているのは本当によくできた仕掛けだと感じるんですよね……。1番の時に感じた熱い想いが、2番ラストのここに来て輝きを取り戻すんです。

やはり、気持ちは変わりません。

「想い乗せて羽ばたけ」「いつかその先へ」というフレーズは、寒い夜でも、雨が降ってもずっと生きていました。

 

 

🦋みんなで翔ぶよ!

 

歌詞ではないのですが、2番サビ直後、間奏でこはるが

「みんなで跳ぶよ!せーの!ジャンプ!」

と観客を煽り、ブレイクに合わせて全員で跳ぶ場面があります。音声では入っていませんが動画の2:37あたりの動きを見れいればわかりやすいかと思います。

 

この「みんなでとぶ」という言葉、上記の解釈を踏まえるとかなりクるものがあります。

「飛翔」という意味で「蝶が舞い上がる」ことについては「アイドルが上のステージへ行く」ことのメタファーであると解釈しているので、2番の「夜」を経て改めて「いつかその先へ」という感情を思い出したオタク達に向けて、決意を込めてステージ側から「みんなでとぶよ」と手を引いてくれるこの煽り文句は、最早ただの跳びポイントには収まらない意味を持ち始めているように思います。

次にライブでこの曲が来たとき、私はどういう感情でここを跳ぶのだろう……?

 

 

🦋遠くへ行かないと

 

Cメロ、メンバーソロを順に繋ぐ場面です。

乾いた夕立が刺す 幸せの色は消えて
記憶の片隅の笑顔 忘れはしないよ

夕立は雨なので、「乾いた」という表現はかなり独特で引っかかります。
夕立が降る場合は大抵勢いの強いものが短時間で降るため、慈雨というよりは刺すような痛みを伴う場合があって、その無慈悲な勢いを「乾いている」と表現しているのでしょうか。

それにより消える「幸せの色」。これに関してはかなり悩ましく、正直自分なりの答えが見つけられていません。

ただ、雨に刺されるのが「蝶」か「花」かと言われると「蝶」だろうなとは思うので、ここはアイドル側の感情だったりするのかなと。

アイドルとして生きること、楽しいことだけではないのだと思っています。時には辛い場面や、体力がついていかないとき、心ない外野からの言葉なんかもあるでしょう。そんな乾いた雨で幸せが折れかけている時に、ステージの上から観るオタクの笑顔が少しでも支えになっているならそれほど嬉しいことはないな、とファンの側からは思うのです。

あまりそれを考えすぎるのは烏滸がましいのでこの辺で止めますが、ここの歌詞はそういう解釈もアリなのかな、と思っています。

 

からの、我らがえりちの落ちサビです。全オタクは集中して聴いてください。

綺麗に咲いた 花だった 彩る春 飛び越えて
遠くへ 行っちゃうの? ママレードバタフライ

歌詞そのものは1番サビと同じなのですが、落ちサビソロの雰囲気も相まってここはより一層物語性が増していて、イメージとしては「過去の回想」なんかが近いのかなと感じます。

"春"の頃に感じたあの感情、胸を焦がすこの想いが如何にして生まれて今があるのか、それを再度認識する一瞬の静寂。

からの、転調大サビです。勝利の流れ。

ありがとう ただ 伝えたくて まだまだずっと居たいけど
遠くへ 行かないと
想い乗せて羽ばたけ いつかその先へ ママレードバタフライ

配信でえりちが言ってましたが、この「ありがとう」からはアイドル側の視点が強いとのことで、確かにかなり納得できます。

まだずっと、ファンに近いところに居たいけれど、上を見て遠くへと行かなければならないという決意、そこに至るまでの経緯に「ありがとう」という言葉が出てくる流れはシンプルに感動です。

転調していることで生まれるクライマックス感と、ポジションの切り替えが上手に表現されている部分だと思います。

 

ですが、この「ありがとう」には同時に、やはり「これからもよろしく」の意味が含まれていてほしいなと、オタクは願ってしまうわけです。

大きなステージに立てば物理的な距離は当然遠くなるので「遠くに行く」という表現は正です。

遠くへ行かないと 想い乗せて羽ばたけ」というフレーズに決意が込められている、と前述しましたが、少しだけここを読み替えると、「"遠くへ行かない" と 想い乗せて 羽ばたけ」と取ることもできます。

物理的な距離があったとしても、思い出のカケラは向こう側にも無数にあって、羽撃いていったその先へオタク側の想いも連れて行ってくれているのだとしたら。

共に飛翔する戦友のような相手のもとに気持ちだけでも寄り添います、という「遠くへ行かない」という想い。これも同時に込められているのではないか、そうあってほしいなとしがないオタクの私は思うわけです。

 

 

🦋甘さの中に苦味を秘めて

 

以上、配信でえりちが話してくれた歌詞解釈を自分なりにもう一度噛み砕いて歌詞を解釈してみました。

内容的には彼女の説明してくれたことが9割くらいなので、私の解釈というよりは配信の内容記録という側面が大きいかなと。

改めて曲を聴いてもらえるとかなりイメージが変わるのではないかなと思うので、時間に余裕のある方は是非お試しください。

 

最後に、全体的な感想や私が個人的に感じたことをぽつぽつと。

 

ママレードって柑橘系のジャムなわけですけど、その皮を一緒に加えていることでただ甘いだけではなくてちょっとした苦味も加わっている食品だと思うんです。

アイドルを推す、もしくはアイドルとしてステージに立つという夢のような一時に際して、それがただただ甘美なものではなく、時にはある種の苦味が伴うよ、というメッセージが「ママレードバタフライ」というタイトルに込められていたりするのかな、と改めて考えたりもしました。とんでもないフレーズを思い付いたものだと思いますね……。

 

また、配信の中でえりちは「こういう歌詞の解釈や考え方なんかをメンバーで話し合いながら共通の認識としてステージに立っている」と言っていました。

もちろん全ての解釈が一致というわけではなく、恐らくは軸になる前提条件……この曲であれば「アイドルとオタクの曲」という部分を基本に配信と似たような詩の解釈を5人で話しながら共有していると思うのですが、そういう向こう側の想いや考え方の一端に触れることができたのは個人的に本当に素敵で貴重な情報を得られたと考えているところです。シンプルに嬉しい。

冒頭で「公式サイドが明確な解答を用意すること」に関して少し触れましたが、私個人としてはそれが知れること、ステージの上の相手がどういった考えのもとにその物語を構築しているのかを把握できることは、やっぱりライブを楽しむにあたって良いスパイスになるのではないかなと改めて思いました。

なにより、その解釈がえりち一人ではなく、SOLとして一致したものであることを知れたのはとても大きくて、だからこそ次にライブでこの曲を聴いたとき、恐らく私はこれまで感じたことのない想いで胸が満たされるのだと思います。楽しみですね。

 

最後にもう一つ、「上にいく」ことについて。

皆モチベーション高く上を見ているSOLのメンバーの中でも一際えりちの上昇志向は強い方なのかな、と感じていて、その彼女の口から語られる「その先」という未来の話だったからこそ、この曲の理解が深められたのだろうと思っていたりします。

だからこそやっぱり私は、そんな彼女達と一緒にもっともっと大きなステージを観たいし、遠くへ羽ばたくその背中を一生懸命追いかけたいと思うんですよね。

これから迎える2年目の夏。昨年はまだ一緒に跳べなかったけれど、今年は一緒に全力で跳びたいぞの気持ち。遠くに行くなら行くで、思い切り背中を押してあげたいなと、今日改めて思ったりしました。

もしここまで読んでくれているのなら、僕の気持ちはいつだって貴女たちと共に。

 

 

そんな想いを乗せて、いつか、その先へ。

*1:チェキや握手会等、アイドル本人に近づけるイベントのこと